【NEW】医師国家試験 精神科過去問解説しました!→【国試過去問】

「うつ」のおはなし vol. 2/3

はじめに

不安と異なり、うつはその程度を自覚しにくい側面があり、また我慢強く責任感のある方ほど早期に自分で判断して受診することがなかなか難しい症状でもあります。

前回は、うつ症状について漢方医学の「気」の考え方を紹介しました。気の考え方の延長線上からエネルギーレベルの高中低と3つに分け、今回も解説を進めていきます。

適切なタイミングでクリニックに受診ができるように、このサイトが皆さんの一助になればと願っています。

(前回の続き)
2.エネルギーレベル【中】
=多くの方の受診のきっかけに

前回の記事で、エネルギーレベルが高い間に受診をする方が最もメリットを大きく受けられるお話をしました。

一方、現実的にはいろいろな要因があってエネルギーレベル高という早期の段階でクリニックにいらっしゃる方は、私の体感で非常に恐縮ですが、全体の2-3割と少数派にとどまります。

多くの方は、我慢を強いられたり、そのままの状態で過ごさざるを得ないのが現実です。

もちろん本人は解決法を拒んでいたり、見て見ないふりをしているわけでは決してないと思います。

自分のなかで何か不快なものが存在しているのは自覚しているけれど、具体的にはとらえどころがないので、よくわからずじまいで過ごさざるを得ないのかもしれません。このあたりは、大規模な疫学調査でも、もしもの時に受診の意向がある方の半分以上が受診できていないメンタル未受診率の高さが明らかになっています。

ただ、不快な状態であることには変わりなく、日々の生活をその状態で過ごすことを強いられますので、家族を含め対人関係に支障が出たり、仕事に支障をきたしたりと悪循環になり、いよいよ自分だけでは解決法が見つけられなくなる方も出てくるわけです。

この状態を経営学の視点では「Presenteeism:プレゼンティーイズム」と呼んでおり、「会社には来て就労はできるけれども、生産性や効率が低下している」状態を指します。

いつものパフォーマンスを出したいのに出せないという本人の苦しみと、生産性の低下という経営学的な苦しみを反映しており、近年プレゼンティーイズムの経済損失の甚大な影響が多く論じられるようになってきました。
なお、presenteeismの逆はabsenteeismで、会社に来られず就労ができない状態を指しています。

エネルギーレベル【中】の段階では、気滞の症状(前回記事を参照)である、頭痛やしびれ、吐き気といったからだの症状が伴ったり、悪循環に陥った生活によるエネルギーの消費が進み、エネルギーレベルが【高】から【中】へ1段階下がります。

このため、気分の落ち込みがストレスがかかっていない時にも続いたり、うわの空で忘れっぽくなったり、考えがまとまらず決断に多大な時間がかかったり、趣味や気晴らしを億劫に感じたりするようになります。

気分の維持、思考や注意を向ける力、ストレス発散をするためのエネルギーがなくなってきているわけです。

この段階で受診される方が(やはり私の体感ですが)全体の6割程度で、うつ症状を抱えた初診の方の大多数を占めます。

エネルギーレベル【高】の方よりも、治療期間が長期化しないように留意する必要があり、上にあげたような症状によって生活が阻まれることから早く脱することが当面の目標となります。

治療期間の圧縮といういみでは、このあとに述べるエネルギーレベル【低】の治療法のように、療養しながら睡眠の質と量を強化し、消費の節約と充電を強化することも導入されるケースが出てきます。ここには主にエネルギー充電強化目的、不安の解消、睡眠の深さと長さを確保するための薬物療法も含まれます。

なお、カウンセリングを含む心理療法の導入は、こうした治療を経てエネルギー【高】の状態に戻ってから取り組むことが勧められています。

なぜならば、認知行動療法を中心に据えたストレスの捉え方、対人スキル向上といった心理的アプローチにおいては、何よりもメンタル基礎体力とも呼べる「心のスタミナ」が必須とされるからです。

集中力や意欲、エネルギーが十分に満たないうちにこうした心理療法を受けること自体がエネルギーの浪費につながったり、セッションの継続が難しくなって逆に自己肯定感を下げて心理的にも症状を悪化させる可能性があります。

3.エネルギーレベル【低】
=症状の程度を自覚できなくなってくる

エネルギーレベルの低下が目立ち、また長引くことによって、さらにエネルギー消費は激しくなり、同時に、休息をとっても十分に充電もされず、という状態になります。

これはちょうど、古くなったスマートフォンのバッテリーを想像してみるとよいと思います。

何年も酷使されて摩耗したバッテリーは、一晩充電してもバッテリーは100%に戻っていない(=休養の非効率化)ですし、ちょっと使っただけですぐに減ってしまう(=エネルギー消費の激化)といったことが起こっています。

こうした消耗の激しい状態に何とか対抗しようと、体内では身体的にも精神的にも奮い立たせようとするシステムが過度に働くようになるため、休まなければいけない状態なのに逆に休めない、休まらないという矛盾が生じるようになります。

また、こうした奮い立った状態が長期化すると、様々な症状が注意喚起となって現れてくるのです。

自律神経=交感神経+副交感神経

専門家はこの心身全体を奮い立たせるシステムのことを「交感神経」と呼んでいます。

交感神経の対となる神経が副交感神経です。このふたつを総称して自律神経と呼びます。

皆さんも聞いたことのあるかもしれない自律神経失調症というのは、こういった交感神経と副交感神経のバランスが崩れた(=失調した)状態を指しています。

正式な疾患名ではないですが、理解しやすいために医療現場でも広く使われている用語です。

加えて、エネルギーは枯渇してきますので、朝の時点ですでにバッテリーが10%しかない、といった状態からスタートすることになります。「鉛のように身体が重たい」「ふとんに貼り付いたように起きられない」といったそもそも活動ができるほどのエネルギーが満たらなくなることも増えてきます。

よく知られている「うつの人を励ましてはいけない」というのは、この段階に当てはめられます。周囲の人は「もっと体を動かさないからうつがひどくなる」などと考え、良かれと思って布団から出てこない本人を「気晴らし」と称して家事や外出させたり、シャワーに入らない本人を「怠けている」などと考え入浴をさせたりする方も出てきます。
本人は文字通り「エネルギーがない」状態で充電に努めなければいけませんので、悲鳴を上げている本人の心身にさらにムチを打ってしまい、バッテリーをまた余分に消費してしまう可能性をはらんでいます。

治療の原則は「攻撃を減らし、守りを固める」

この段階の治療は、

  1. エネルギー消費の節約
  2. エネルギー充電の強化

という、2本立ての作戦となります。ちょうど、前者がストレスや刺激といった外からの攻撃を減らし、後者がストレスに対する抵抗力やエネルギーの回復力といった内の守りを固めることにつながります。また、スマートフォンのように新しいバッテリーと交換してすぐに復活、というわけにはいかず、自覚されている症状が改善されるまでには月単位の療養が必要になります。この期間を少しでも圧縮するためにお薬での治療が基本軸となります。
①エネルギー消費の節約というのは、文字通り絶対安静です。自宅療養がほぼ必須となります。先程述べたように外からの攻撃を減らして、エネルギー消費をセーブしなければなりません。うつの症状が悪化した時に布団から出られないのは、この絶対安静をするべく身体が本能的に「セーブモード」に入るからでしょう。それ以外にも気を遣ったり、疲れを伴うようなイベントも回復を遅らせてしまいます。
②エネルギー充電の強化というのは、睡眠や休息の質を強化したり、対症療法を行って守りを固めていくことを指します。外付けバッテリーのようにエネルギー補充をお薬の力を借りつつ強化していきます。それほど、本人が自分で充電できる力は低下しているということです。睡眠の質や量の低下は、うつだけでなく、あらゆる精神症状と強い関連性があり、これは以前から知られている点でもあります。睡眠が悪くなると症状も悪くなるし、症状が悪くなると睡眠もますます悪くなる、といった具合です。

なお、もうお気づきかもしれませんが、エネルギーレベル【低】の治療の2本立てのうち、消費の節約は本人と家族が一致団結して取り組むことで相乗効果が生じます。充電の強化は本人と医療従事者(つまりクリニックの主治医やスタッフ達)と一致団結することで相乗効果が生まれます。
片方だけ取り組んでも効果は上がりませんし、本人だけの取り組みになっているような状態(例えば、家族が本人に理解を示さない、あるいは逆に本人が協力しようとしてくれる家族に耳を貸さない、本人が主治医のアドバイスに反して服薬を自己調整したり自己中断したりする、など)は、やはり治療期間の圧縮を阻んでしまうでしょう。

なぜこんな事を書いているかと言うと、症状が進行し、エネルギーレベルも低くなっていくにつれて、症状に対する自己評価がどんどん真のそれとかけ離れていくことが知られているからです。ですので、症状をめぐって、家族や周囲の人々と意見が合わなくなっていき、孤立を自ら深めてしまいます。勘違いされやすいのは、これは一種の症状の悪化のサインであり、本人の性格ではないということです。しかし、関わりを拒む本人に対して家族も徐々に遠のいて消極的になっていくという悪循環に入ってしまうと、さらに治療を困難にさせてしまいます。

>アルコールは眠りを浅くし、うつや不安を悪化させる:次回に続く

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