25歳の女性。異性関係や職場の人間関係のトラブルがあるたびにリストカットを繰り返すため、母親に伴われて精神科を受診した。本人はイライラ感と不眠の治療のために来院したという 。最近まで勤めていた職場は、複数の男性同僚と性的関係をもっていたことが明らかとなり、居づらくなって退職した。親しい友人や元上司に深夜に何度も電話をかけるなどの行動があり、それを注意されると、怒鳴り散らす、相手を罵倒するなどの過激な反応がみられた。相手があきれて疎遠になると、SNSで自殺をほのめかし、自ら救急車を呼ぶなどした。一方、機嫌がよいと好意を持っている相手にプレゼントしたり、親密なメールを何度も出したりするなど感情の起伏が激しい。
この患者にみられることが予想される特徴はどれか。
a. 繰り返し嘘をつく 。
b. 第六感やジンクスにこだわる。
c. 慢性的な空虚感を抱えている。
d. 完全癖のため物事を終了できない。
e. 自分が注目の的になっていることを求める。
解答:c DSM-5の診断基準(7)にそのまま載っている。
明らかに専門医レベル。相当に精神科を勉強していた君でも、c「慢性的な虚しさ」かe「注目の的」かで迷ったのではないのだろうか?以下も専門医試験向けの解説と考えてよいだろう。
「慢性的な空虚感」を含め、抑うつ症状を年単位で抱え「低空飛行」状態にさらされている疾患を、持続性抑うつ障害、または気分変調症dysthymiaと呼び、境界性パーソナリティ障害の患者さんにはほぼ100%合併している。淡い自殺念慮は「もういつから持っているか忘れてしまった」と語ること日常茶飯事である。
パーソナリティ障害は、「パーソナリティ」が著しく偏りすぎているが故に本人も他人も「障害」をきたしている場合なので、そこまででない場合は「パーソナリティ」の範疇に過ぎず、特にB群に挙げられたパーソナリティ障害に似たような傾向の知り合いが「結構まわりにいそう」という図式になる。幼少期を筆頭に家庭環境が過酷であった(=必ずしも経済的に困窮していることとイコールではない)場合も多い。
例えば、過酷な環境で母親から本来もらえるはずの「無条件の愛」が絶対的に乏しい幼少期で育ってきた場合、社会生活を通じて家族以外から欠けたピースを埋め合わせながら大人になっていくしか方法はない。これが慢性的な虚無感である。しかし、大人になって社会や他者を通じてもらえる愛は「条件付きの愛」なのだ。「見捨てられ不安」は、空間的にも時間的にも無条件で永続的に寄り添うことはまずない(…というより物理的にできない)パートナー等に対する人間関係から生じるわけである。
このように、慢性的な空虚感に代表される「ゼロ」の状態と、空虚感や不安を条件付きの愛で満たされたと感じている「イチ」の状態の中間は存在せず、常にゼロかイチかを不安定に行き来する。ゼロイチに加え、0.9であっても「条件付きの愛」を供給する他者に完全に依存しており自分で残りの0.1を供給することができないため、結果ゼロとしてカウントされ、四捨五入ならぬ四捨五捨の状態で生活を送ることとなる。こうしたゼロイチ思考は「手のひらを返したような」こきおろしや情動不安定性を生じ、神経症圏と精神病圏の「境界」を行き来するような症状の重症度や変遷を迷走する。これが「境界」の語源だ。
これまで解説してきたように、パーソナリティ障害のゼロイチ思考・言動は、根本的な基底不安から自分を守ろうとする無意識の条件反射的な防衛反応(自己防衛機制self defense mechanismとも呼ぶ)としての対処言動であるとも言える。こうした対処行動は、その様相こそ異なっているものの、どのタイプのパーソナリティ障害でも共通しているとジェームス・マスターソンは述べている。この辺は彼の著書に詳しいので、後期研修医の先生はぜひ手にとってみるとよいだろう。
a. 反社会性パーソナリティ障害でみられる。ADHD→反抗挑発症/素行症→反社会性パーソナリティ障害へと進展するDisruptive behavior disorders (DBD) マーチで有名。マーチは「行進(曲)」の意味で、神経発達症から始まり出生魚のように診断名が進化していくことからこう名付けられている。なんとも不名誉な行進である。療育(=発達支援)の普及でこのマーチが防止されていくことを願ってやまない。以上、明らかに専門医向け解説。
b. 統合失調型パーソナリティ障害でみられる。専門医試験前の君は、統合失調型SchizotypalとスキゾイドSchizoidが区別できるようにしておこう。統合失調型は奇妙さ(魔術的思考)が、スキゾイドは孤独さ(親交断絶)がキーワードだ。スキゾイドは統合失調症への移行リスクがないことでも区別できる。(臨床上は、単純型統合失調症といって発症時から陰性症状のみが存在するタイプの統合失調症と診断されているケースもある。)他覚的所見は統合失調型が「(患者さんは)本当に変わった人」で、スキゾイドは「私が居室している間は、同じ家に住んでいるのに(患者さんが)いつまでも姿を表さないので生きているか不安になるぐらい」である。
d. 強迫性パーソナリティ障害でみられる。強迫症のような強迫観念や強迫行為を認めないことに留意しよう。
e. 演技性パーソナリティ障害でみられる。「注目の的」を得ることがゴール化してしまっているいわゆる「承認欲求」の渇望(厳密には、枯渇への恐怖)を背景としたパーソナリティ障害だ。他のB群と同様に欲求は満たされているかされていないかのゼロイチ思考であり、四捨五入ならぬ四捨五捨なので、0.9でもゼロと認識し、常に不安にさらされ、情動不安定性が著しい。