次の文を読み、72~74 の問いに答えよ。
85 歳の男性。発熱と呼吸困難を主訴に家族とともに来院した。
現病歴 : 1 年前から息切れのため自宅の階段を昇ることが困難となり、食事や飲水の際のむせが出現した。食事量も低下し、半年間で体重が 5 kg 減少した。 1 週間前から咳嗽と喀痰が多くなり、 2 日前から 38 ℃の発熱と呼吸困難がみられるようになったため家族に伴われて受診し、入院した。
既往歴 : 15 年前から高血圧症に対してアンジオテンシン変換酵素〈ACE〉阻害薬を内服している。 5 年前から物忘れが目立つようになり、 2 年前に Alzheimer 型認知症と診断された。
生活歴 : 65 歳まで会社員。現在は娘の家族と同居。喫煙は 65 歳まで 20 本/日を45 年間。飲酒歴はない。自宅で猫を飼育している。
家族歴 : 両親とも脳梗塞で死亡。
現 症 : 意識は清明。身長 160 cm、体重 43 kg。体温 38.0 ℃。脈拍 120/分、整。血圧 122/78 mmHg。呼吸数 28/分。眼瞼結膜に異常を認めない。口腔内の衛生状態は不良である。心音に異常を認めない。呼吸音は両側で wheezes を、右背側で coarse crackles を聴取する。腹部は平坦、軟で、肝・脾を触知しない。浮腫を認めない。
検査所見 : 血液所見:赤血球 412 万、Hb 13.1 g/dL、Ht 40 %、白血球 9,800(好中球 82 %、好酸球 2 %、好塩基球 0 %、単球 7 %、リンパ球 9 %)、血小板 34 万。血液生化学所見:総蛋白 5.8 g/dL、アルブミン 2.9 g/dL、総ビリルビン 1.1 mg/dL、AST 14 U/L、ALT 10 U/L、LD 230 U/L(基準 120~245)、ALP 64 U/L(基準38~113)、尿素窒素 28 mg/dL、クレアチニン 1.5 mg/dL、尿酸 6.0 mg/dL、血糖135 mg/dL、Na 139 mEq/L、K 4.7 mEq/L、Cl 106 mEq/L。CRP 5.1 mg/dL。 動脈血ガス分析(鼻カニューラ 2 L/分 酸素投与下):pH 7.33、PaCO2 58 Torr、PaO2 72 Torr、HCO3- 30 mEq/L。新型コロナウイルス〈SARS-CoV-2〉PCR 検査は陰性であった。
入院時の胸部エックス線写真(別冊No. 12A)と胸部単純 CT(別冊No. 12B)を別に示す。
1 週間前からの状態変化の要因として考えにくいのはどれか。
a 体重の減少
b 認知機能の低下
c 口腔内の衛生状態不良
d 食事や飲水の際のむせ
e アンジオテンシン変換酵素〈ACE〉阻害薬の内服
解答: e
ACE阻害薬の副作用に空咳、はピンと来ただろうが、「15年前から」処方されていたとあえて書いておきながら、誤嚥性肺炎発症がここ1週間前からというのも、時間軸として整合しない。この違和感について問うている問題だと考えるとよいだろう。
呼吸状態の急性増悪に対し、抗菌薬とともに用いる薬剤として適切なのはどれか。
a NSAID
b β2 刺激薬
c アルブミン製剤
d 抗ヒスタミン薬
e テオフィリン薬
解答: b
気管支拡張作用のあるいわゆるSABA(short-acting beta agonist)だ。テオフィリンも気管支拡張作用はあるものの、古い薬であり、治療域が狭くCYPとの兼ね合いで飲み合わせにも注意を払わなければならず、少なくとも現在は第一選択薬ではない。
入院 3 日目、患者の状態は改善傾向で酸素も不要となったが、急に呼吸心拍モニターを引きちぎり、「今日は仕事に行く」と言い病室から出ようとした。表情は乏しく、入院中であることを説明しても聞きいれず、複数名での制止を要する状態であった。
対応で誤っているのはどれか。
a 脱水を避ける。
b 早期離床を促す。
c 日中の覚醒を保つ。
d 呼吸心拍モニターを終了する。
e 夜間はベンゾジアゼピン系睡眠薬を用いる。
解答: e
こちらがいよいよ本題の精神科出題だ。せん妄は、初期研修医になると一度は経験する状況かもしれない。詳しくはせん妄のおはなしに解説したが、せん妄を「急性脳不全」なる病態として考えると整理しやすくなるだろう。
せん妄には本問のように「派手で発見されやすい」過活動型と、「うつや過鎮静と誤認され発見されにくい」低活動型とそれらの混合型の1:1:1で存在する。初期研修医の時に大体呼び出されるのは過活動型だ。
筆者は「a. 脱水を避ける」の部分が「補水を避ける」と勘違いして一瞬aを選びそうになってしまった。最後まで選択肢を読むことはとても大事だと実感。答えは最後のe. ベンゾジアゼピン系(通称、ベンゾ)である。ベンゾはこのような入院環境でなくとも、常に高齢者には処方を控えると覚えておこう。理由は、脱抑制(=ブレーキ(我慢)が効かなくなる、タガが外れる)、過鎮静でふらつき転倒、そして本問のようにせん妄の直接因子だからだ。