【NEW】医師国家試験 精神科過去問解説しました!→【国試過去問】

外国人のメンタルヘルス診療について

はじめに

今回は外国人診療とメンタルヘルス診療という日本ではまだ数少ない組み合わせへの取り組みをご紹介したいと思います。
この記事を通じて、日本人でも外国人でも、メンタルヘルスの問題は変わらず世界共通であるということと、外国人精神科診療にまつわる日本独自の課題について理解していただけると思います。

外国人と聞いて思い浮かべるのは、訪日外国人?

日本国内で「外国人」という呼び名が使われる場合、皆さんはおそらく旅行客である「訪日外国人(いわゆるインバウンド)」を思い浮かべる方も多くいるのではないかと思います。

みなさんももうご存知の通り、2019年時点で訪日外国人数は3,188万人(日本政府観光局「訪日外客数」)で過去最高を更新しましたが、新型コロナウイルス感染症の影響を受け、2020年は412万人に激減し、同統計によると2021年はさらに一桁減って25万人弱と、いわゆるコロナ前2019年値の1/100弱にまで減りました。2022年は計383万人と一桁増えて劇的に回復しつつあることは、読者の皆さんもご存知の通りかと思います。2023年はさらに2019年時の数に近づくことが予想されています。

さて、筆者の専門領域である精神科・心療内科診療において、訪日外国人数の増減は影響を受けているのでしょうか?
答えはNOです。むしろ、ニーズは増えています。これから解説いたします。

「訪日」外国人は日本のメンタルヘルス診療科にかからない

意外と知られていないことなのですが、メンタルヘルス診療科(精神科、心療内科、神経科など)の受診において、訪日外国人の方々の受診は極めて稀です。診療している方の95%が外国人(計78カ国を数えます)である筆者自身も過去3年で0.1% (1000人に1人程度)ぐらいの頻度でした。その方々も、何らかの理由で緊急で持病の精神疾患の薬が切れてしまった、という受診になっており、全く新規の受診ではなく、すでに本国で受診歴があり、かつ来日中は全く予定していなかった受診であることも特徴です。

その背景に、精神疾患が慢性疾患を主体としており、加えて社会との接点をある程度長く深く持つことによって生じる疾患が多いからと考えられます。仮に来日してからメンタルヘルスに不調を抱えても、症状の程度が時間単位でみるみるうちに悪化する疾患はそこまでありませんので、初回の診察が日本の旅行中になる確率が低いことが背景にあります。

日本政府地方自治体と一丸となって推進している「外国人患者受け入れ」は、訪日外国人向けの医療サービス充実を目的としています。まさに「おもてなし」医療の整備と言えるでしょう。一方で、精神科診療に限っては、蚊帳の外とも言えます。

確かに精神疾患には急性経過のものもあります。代表例ではパニック症がありますが、実は日本に来るまでの飛行機に乗りこなせるかどうかが関門になっていて、ある意味登竜門をくぐった方が訪日外国人になられていると言ってもいいでしょう。また、飛行機に限らず閉所恐怖症傾向がおありの方は、渡航前に本国で予防的な内服薬を準備してから搭乗される方もいらっしゃいます。このため、飛行機内でパニック症や不安発作を新規に発症し、来日してから初めて医療機関受診となるケースは稀と考えられます。

急性の疾患は精神科救急医療へ

他にも急性一過性精神病性障害という急性経過の精神疾患があります。こちらは文字通り、旅行中に「急性」(早い方で来日後1週間以内)に発症し、適切な治療が適切なタイミングでなされれば「一過性」で収束する、「精神病」症状(幻聴などの通常は経験しない諸症状:詳しくは、「精神病症状」の記事に解説しています)をもたらす疾患で、メンタルヘルス診療の範疇に入ります。

ただし、急性一過性精神病性障害はメンタルヘルス診療の中でも「精神科救急医療」という集中的急速的な治療を必要とする疾患ですので、かなり特別なシチュエーションであると考えてよいでしょう。そもそも本人は症状に苛まれてオリエンテーションをほぼ失っている錯乱状態にあるので、受診の前に周囲の人物や警察に身の安全を保護されるケースがほぼ全てであり、自発的な受診にはまず至りません。


実際に、日本旅行中に何かメンタルヘルス不調があり、精神科救急にかかる訪日外国人は、その方がもともと持っていた持病の精神疾患の悪化よりも、急性一過性精神病性障害が多くを占めることもわかっています。[*1]

以上より、クリニックで外国人のメンタルヘルス診療を行う場合、訪日外国人の方々を診療する機会はまずありません。これは言い換えると、巷で議論されているような飛び込み訪日外国人の医療費回収の問題や、旅行保険の問題、ミスコミュニケーションによる請求トラブルといった問題もまた、精神科・心療内科では蚊帳の外であると言えます。

在留外国人に診療機会あり

では、筆者がニーズを痛感している外国人のメンタルヘルス診療とはどのような方なのでしょうか?
それは、「在留外国人」といって、日本に訪れるのではなく、日本で暮らす外国人の方々です。

実はこの在留外国人数、増加の一途をたどっていることは意外と知られていない事実です。
出入国在留管理庁によると2019年末時点で293万人であった在留外国人数は、新型コロナウイルス感染症の影響で2020年末は289万人と若干減少したものの、2022年6月末時点では296万人と過去最高を更新しました。

内訳を見てみると、後述する特定技能という在留資格の方は2022年3月で制度開始から丸3年が経過し、2022年6月末時点で8.7万人になりました。1年前の2021年3月が2.3万人でしたので、1年で約4倍に増えたことになります。
また、在留外国人の最多層(約30%)であり、いわゆる永住権を持っている永住者の方も約85万人と増加傾向が続いており、特別永住者も約30万人いることを考えると、新型コロナウイルス感染症の影響をもろに受けた短期滞在者とは異なり、日本における在留外国人の方々は今後も数値の大きな変動はなく浸透していくことが予想できるでしょう。この傾向は日本の人口減少と逆行したトレンドであることが伺われます。

このトレンドを裏付けるように、2019年4月に施行された改正出入国管理法によって、外国人労働者の積極的な受け入れが進んでいます。先に述べた、日本の人手不足を補うための特定技能というビザで主に東南アジアからやって来る方々もここに含まれています。中国、フィリピン、ベトナム、カンボジア、インドネシア、タイ、ミャンマー、ネパール、モンゴルの9か国での受け入れとなるため、彼らはそれぞれの言語を母語としますが、日本に滞在してからは、いわゆる「やさしいにほんご」や英語でのやりとりとなるため、彼らにとっては異国の地でのメンタルヘルス診療のニーズが今後ますます高まっていくきっかけとなるでしょう。

在留外国人は健康保険に加入しており、保険診療を問題なく受けることができます。日本人と外国人で区別した表現をこれまで使ってきましたが、医療サービスを受けるという意味では在留外国人の方々も日本人も同じであると言えます。それから、興味深いことに、抱えるメンタルヘルスの問題も、国籍や社会背景は関係なく共通しています。
異なっている点は、「医療サービスを受けるための支援体制が十分に整っていない」ことです。これは医療従事者側も同様です。外国人精神科診療を保険診療で行うための医療機関への支援体制が乏しい中で、また、メンタルヘルス特有の課題がある中で、多くの外国人患者さんを保険で診療しているクリニックは在留外国人人口の多い東京都においても極めて少なく、ここ20年はほとんど停滞しているのが現状です。

グローバル化の波は今後も継続しますし、世界言語の英語を用いた生活をしていらっしゃる日本在住の方が一定数おり、彼らは日本語の難しさもあって、医療機関受診に苦慮しているという事実は今後も変わりません。それがメンタルヘルスだと、言語の問題も大きく立ちはだかるため、さらに複雑になってしまいます。

様々に立ちはだかる課題

広義には、「在留」している外国人に難民やいわゆる不法滞在の方も含まれています。こういった方々のメンタルヘルスをどのように支援するのか、現在は決まった枠組みがあるわけではありません。

特に様々な理由で母国から迫害されていらっしゃる方々のメンタルヘルスは、異国の地にいながらにして安心できる環境を整え、生活のベースを築き上げるには長い時間を要します。
その間も母国で受けた本人のキャパシティを大幅に上回るこころの傷(=トラウマ性ストレス)による精神症状で日常生活がままならない方も多くいらっしゃいます。こういった方々の複雑な心理状況に寄り添おうと奮闘されている、各関係機関や支援団体の方々に真に敬意を表しながら、その一助となれるように診療をしています。

以下は、「できることを、できる限り」を想起させるエクアドルに伝わる、ハチドリのお話です

森で山火事が起きました。

大きな火です。

森の動物たちは、恐怖のあまり我先にと逃げていきます。

でもハチドリだけは、行ったり来たり、くちばしで小川の水のしずくを一滴ずつ運んでは、火の上に落としていきます。

動物たちはそれを見てこう言いました;

「そんなことをして いったい何になるんだ。君は小さいし、羽は燃えてしまうだろうし、くちばしは小さすぎる。そんなしずくじゃ火は消せっこない」

と嘲け笑っています。

ハチドリはこう答えました

「私は、私にできることをしているだけ」

メンタルヘルスは世界共通

最後に、ちらっと先程言及した非常に興味深いことをお話しておきましょう。
日本に住んでいる日本人と外国人でかかる精神疾患の違いについてです。
実は、「同じ」が正解です。

滞在年数や出身地域で疾患分布は異なっているものの、大枠としての精神疾患そのものの質に違いはありません。
言い換えると、メンタルヘルスは世界共通と言えます。

この記事を締めくくるにあたって、筆者が今でも自戒の銘にしている患者さんの一言を記しておきたいと思っています。

We are minorities of the minority, having mental illness AND living in Japan.

在留外国人の方々は、日本に住んでいるだけでマイノリティーであり、精神疾患にかかることでマイノリティー中のマイノリティーになって孤立が深まるということを、この方は伝えてくださいました。

精神疾患への無理解や孤立、偏見は、この領域に携わっている我々医療従事者もしばしば経験します。
彼らが感じる理不尽で不必要な隔たりが少しでも軽減されるように、外国人、精神疾患のふたつの”minority”に微力ながら貢献できればと身を引きしめています。一方で、一医師や一医療機関だけでは限界があります。彼らの生活全般に携わる行政機関、福祉機関、企業などとも連携の場がますます必要となっていくことでしょう。

本サイトの名前の如く、Diversity&Inclusionが浸透し、「違い」を超えた「共通」に目を向けられる世界をたのしみに想像しながら、本記事は末筆とすることにいたします。

[*1]  白井ら, 「精神科救急病棟における外国人事例の問題点」, 第23回多文化間精神医学会学術総会, 2016

2 COMMENTS

アバター Jun Nakagawa

I’m impressed by your comments and I totally agree with you. I’m a psychiatrist working for a mental clinic, who consults with a few patients from abroad. As I noticed the potential needs for mental health care among non-Japanese citizens, I have become more interested in providing services for them.

The problem of what is happening in Japan is that we only have a few institutes that ACCEPT the national health insurance coverage. This is mostly because the consultation fee is extremely cheap despite its time and effort.

I understand that you are working for a clinic in the central area of Tokyo, but I consider the needs are increasing in the suburbs, both eastern and western sides of Tokyo, especially among the English-speaking Asians.

Thank you so much and I also enjoyed your other posts!

Reply
アバター YU-san

Thank you for your comment, Nakagawa-Sensei!
We still have a lot of issues to be discovered and resolved for mental health in the international community.
We will certainly keep continuing to make it better. Your contribution at your clinic is much appreciated!

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