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精神科医のしごと vol.3/3

はじめに

 前回より、精神科医の仕事の3ステップについて解説しています。の同定から、タテとヨコ両方向のをつくり、を織り成す作業です。我々がどのような仕事をしているのか理解することで、メンタルヘルスに対する敷居が少しでも低くなればと願っています。

さて、前回はとタテ方向の(=状態像と重症度)について解説していきました。もう一度、ここに前回と同じ具体的な架空の具体例を挙げて、解説を進めます。

28歳男性 Aさん

ソフトウェアエンジニア。入社4年目。
当初から精力的に開発に勤しんでいましたが、新規プロジェクトを並行して任され、そもそも繁忙期に加え、新しいプロジェクトのためトラブルが重なりました。

過去3ヶ月間ほどで徐々に睡眠がとりにくくなり、不安になりやすくなり、さらにまた仕事のパフォーマンスが下がり、という悪循環に至っていきます。
Aさんは「心が折れそうだな」とは感じるけれども、「もう少しで繁忙期は終わるから、がんばってみよう」とか、「少し週末は休息を増やしてみよう」とか、ある程度自分で何とか工夫を凝らそうとします。そのうちに無表情になり、納期に間に合わなくなって明らかにいつもと違う異変を感知した上司から声をかけられますが、「大丈夫です」とAさんはその場をしのぎました。

しかし、翌日欠勤。その翌日には出社するも遅刻し、社内でも全く反応がありません。このような状態が1週間ほど続いたため、上司の強い勧めでメンタルクリニックを受診しました。

クリニックに来院したときは、無精髭を生やし、目にくまができており、ジャージ姿でボサボサの髪型です。「どのようなきっかけで今回受診されましたか?」と聴きますが、ぼーっと一点をみつめているだけで「心ここにあらず」です。「Aさん?」と聞き返すとようやく我に返り、「あっ、すみません」と細々とした声でこれまでの経緯を話し始めます。

STEP2-2 ヨコ方向のの診察:時系列推移を同定

今度は、前回同定した「うつ状態」というを時系列に過去にさかのぼってヨコ方向のをつくっていきます。具体的には、生活史の問診です。どこで生まれて、何人兄弟の何番目で、ご両親はどんなご職業で、どんな家庭環境で育ち、最終学歴や留年はないか、今はどんな職業についているのか、転職の理由はなにか、今まで大きな病気をしたことはあるか?など、生活史をたどることによって、がいつ、どのような流れで始まったかを把握するわけです。

生活史をたどる重要な目的はもう一つあります。そのを抱える患者さん本人の「人となり」を把握することです。例えば、偏見を恐れずに書くと、漁師町で血気盛んな男3兄弟の2番目で育ち、義務教育後すぐに漁に出てきた方と、都会で一人っ子で育ち、大学院で博士課程を取ってそのまま大学の先生をしている方とでは、同じ症状を抱えていても、その症状をとりまく環境は全く異なっている可能性があります。単純な学歴とか生活環境ということではなく、その人となりを形成してきた環境がどういったものなのかを大まかにでも把握することで、今後どのように症状がそれらの環境因子から影響を受けるのかを推測するわけです。我々医療従事者側からすると、想像力人生経験がこの推測の助けになります。

それから最後に、これまで同様のエピソードがあったかということの確認も生活史を聴取する重要な目的です。例えばAさんの場合、大学を6年かけて卒業していました。よくよく聴くと、「大学4年生前半で卒業論文執筆と足りていない単位の取得が重なり、ダウンして通学ができなかった時期があった」そうです。こうした情報は、時系列で生活史をたどりながら聴取されることが多く、また、今回とは独立したなのか、連続しているのかもわかるので診察に有用となります。

患者さんによっては過去のことを具体的に聞かれるため、「プライバシーの侵害」と感じたり、抵抗感がおありの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、医師には法律上守秘義務がありますし、当たり前ですが、これまで解説したように、ただ話を聞いているわけではありません。より詳細な情報をいただくことにより、正確なをつくることができれば、その分正確な診断となり、診断が正確であれば治療も正確になりますので、結果的には患者さんご本人のメリットとなっていきます。

これと関連して、1回の診察だけでは、はわかるけれども、十分にが出来上がらない場合もあります。ちょうど、パズルの1ピースだけを把握してもそれが全体としてどのような絵を描いているのかがわからないことと似ています。ですので、初回の診察では、できる限りを把握する努力が行われます。具体的には、長さ連続性については最低限押さえておきたいところです。長さはどのくらいの期間この状態が続いていたか、連続性は何かきっかけがあり、因果関係で現在に至っているのか、以前のエピソードとはつながっているかということを吟味します。
これらの過去のの把握によって、回帰的に将来のが何となく予測できる場合もありますし、それからが正確であればあるほど次に述べるSTEP3のもつくりやすくなります。

STEP3 タテ糸とヨコ糸を使って、診断を織り成す

STEP2でつくったタテ方向とヨコ方向のからをつくる作業が、精神科医としての腕の見せどころです。これはちょうど、織物を織ることと似ています。症状の重症度というタテ糸なしに診断という織物はできませんし、症状の時系列推移というヨコ糸を確保しないことには織物は頑強になりません。

ただ、こころの診察で難しいところは、必ずしも1回の診察だけでは、文字通り1点だけのセッションになるため、までつくりあげることがしばしば困難ということです。ですので、初回の診察では、前述のようにできる限りを作り上げて、暫定的な(=暫定診断と呼びます)を設定し、後々フォローを重ねて確定診断にしていくこともあります。例えば、同じ「うつ状態」であっても、「うつ病」でもうつ状態にはなりますし、「躁うつ病」でもなりますし、Aさんのように仕事のプレッシャーで心理的に多大なストレス負荷が一定期間以上かかっていれば、それだけでもうつ状態になり得るわけです。他にもうつ状態となりうる身体疾患もたくさんあります。このように、複数のが同じを共有しているということはしばしばあり、これらを正確に判別していくことが精神科医の最も大事な仕事です。なぜなら、医師は診断を正確につけることこそが大義であり、その後の治療内容に直結するからです。

以上、かなり踏み込んで精神科医のお仕事を解説してみました。
端的にまとめると、最終的には正確な診断に基づいた治療を行うことが職業としての最終目的であり、これは精神科・心療内科に限らずどの診療科でも共通したものです。この診断をつける作業のために、内科医は聴診器が、外科医はメスが、精神科医はことばがそれぞれシンボルであり、ツールになっています。

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