72 歳の女性。物忘れを心配した夫に伴われて受診。1年前から財布の中の金額が合わないと言い、半年前から「家に知らない子どもが来ている」と発言。趣味は続けられている。睡眠障害や行動異常はない。歩行は小刻み、四肢に筋強剛あり。MRIで大脳皮質萎縮。
118C69
この患者に行う検査で最も適切なのはどれか。
a Rorschach テスト
b SLTA
c 改訂長谷川式簡易知能評価スケール
d Denver式発達スクリーニング
e Hamiltonうつ病評価尺度
解答:c
高齢女性、進行性の物忘れ、幻視、パーキンソニズムがありレビー小体型認知症(DLB)が疑われる。まず行うべきはスクリーニング認知機能検査である。日本では改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)が標準で、診察室のデスク引き出しに検査キット(物の呼称に使う鉛筆や鍵、時計などが同梱されているスケールセット)が入っている医療機関も多いはずだ。
a. Rorschachは人格検査で統合失調症の患者さんを想起する検査だが、やや「アート色」(=つまり、再現性や科学的根拠が十分でない)が強い検査である。b. SLTAは筆者も臨床で一度も使ったことはないが、調べると失語症評価のようで、臨床試験や言語聴覚士さんなどの方が詳しいのかもしれない。Denverは小児用の発達検査でこちらは筆者は「聞いたことがある」程度。Hamiltonはうつ病評価でHAM-DとかHDRSなどと略称され、やはり臨床試験で導入されている。いずれも本問には不適。国試的には「認知症疑い→HDS-RまたはMMSE」で即答できれば一旦よし、だろう。
118C70
この患者に適切な薬剤はどれか。
a ドネペジル
b メラトニン
c クロナゼパム
d パロキセチン
e ハロペリドール
解答:a
前問が正しく導かれていたら、こちらも医学生であれば即答できるだろうが、専門研修を進めていくとこの問題がいかに良問で深い思索を組んで作られたかがよく分かるだろう。
良問の根拠はまず、選択肢がいずれも精神科臨床でかなりの頻度で使われる薬剤が勢揃いしていることだ。ただ、それぞれターゲットとする精神症状が異なっており、その副作用まで考慮して問題文と照らし合わせなければいけないというところも、良問たるところだ。
まず正解のaについて、レビー小体型認知症はアルツハイマー病と同様、コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジルなど)が認知機能や行動症状改善に有効とされる。ただし、ドネペジルなどの抗認知症薬と呼ばれるカテゴリーのお薬は、認知機能の進行抑制効果が1年程度であることも筆者は患者さんやご家族に説明している。1年しか差がない!?と思われた読者もいるかもしれないが、この1年の期間に相応の社会的手続きや心の準備、リソースの準備などできることはたくさんあるだろうという論旨で筆者は説明するようにしている。
それから、ドネペジルは他の抗認知症薬の中でも特に「元気」になりやすいお薬であることも臨床感覚的には共通した見解だろう。この「元気」が、良い方向に働いてくれればよいのだが、攻撃性や興奮が惹起される「煽り作用」の意味合いで働いてしまうと、特にBPSDの患者さんには適応が難しくなる。その場合は、やや鎮静効果が出やすいメマンチンなどを筆者は選択する。このように、抗認知症薬の中でも作用機序や臨床的な使い分けがすでに存在していることもこのグループのお薬の特徴である。
メラトニンやクロナゼパムは睡眠関連疾患、たとえばレム睡眠行動障害(RBD)に用いられるが本症例は該当しない。メラトニンは小児や高齢者にも使える睡眠導入剤として位置づけられ、クロナゼパムは筋弛緩作用や抗不安作用を持つので適応の広く精神科医療では頻用される薬だ。パロキセチンは抗うつ薬のカテゴリーのお薬でセロトニン再取り込み阻害薬:SSRIの代表格、ハロペリドールは抗精神病薬の代表格だが、本症例はすでに錐体外路症状(小刻み歩行、筋強剛といったパーキンソニズム)を認めており、また、ハロペリドールのような1次世代の抗精神病薬は、レビー小体型認知症(DLB)ではそもそも重篤な錐体外路症状悪化を招くため禁忌であることもポイント。国試では「DLBに定型(=メジャー、第1世代とも)抗精神病薬は禁忌」と覚えることが鉄則である。
118C71
この患者の今後についてACPを行う方針となった。誤っているのはどれか。
a 多職種で支援する。
b 患者より夫の意向を優先する。
c 話し合った内容を記録に残す。
d 患者が話しやすい環境を整える。
e 患者の意思を繰り返し確認する。
解答:b
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)も国試で好まれるキーワードだ。何が「アドバンス」なのかというと、医療従事者側の都合でなく、「本人の意思決定」をも尊重するプロセスである点。支援は多職種で行い、話し合い内容を記録し、繰り返し本人の意思を確認しながら環境調整することが重要とされる。
ちなみに、厚生労働省的なキャッチコピーは「『人生会議してみませんか?」である。
解答自体はいわゆる「常識の範囲内」で可能だとは思うが、本人の意向が優先されていない選択肢b.を選べばよい。