【NEW】医師国家試験 精神科過去問解説 順次UP中です!→【国試過去問】

躁とうつとパトス

古代ギリシャとパトス

patho-はギリシャ語が語源で「苦しみや哀しみを引き出すもの」を意味し、悲痛とも訳されます。ここから派生して「病的」な状態を指すようになりました。
古代ギリシャのアリストテレスが著した『弁論術』ではロゴス、パトス、エートスが三種の説得手段として登場しますが、パトスpathosを「牽引力のある惹きつけられる感情」という意味合いでポジティブに使っています。
ポジティブであろうがネガティブであろうがその絶対値である「強烈な感情」をpatho-は意味していると言えます。これはメンタルヘルス的にも興味深い概念です。

古代ギリシャの時代から知られている躁うつ病という名の精神疾患があります。双極性感情障害とも呼ばれ、症状による生活の支障が著しく入院が必要なⅠ型とそこまでのエピソードはないⅡ型がありますが、ここではⅠ型の躁うつ病を挙げます。

躁うつ病の「躁」と「うつ」

躁状態は非常にポジティブな気分が外界に表出され、いわゆる「ハイパー」な状態が振り切れて大なり小なり周囲にインパクトを与えます。「いつもと様子が違ってここ最近すごく調子が高いな」と他人がその変化に気がつきます。うつ状態に転じると非常にネガティブな気分が自分の内に表出され、自殺のリスクも高くなります。[1]-[4]
この躁(ないしは軽躁)とうつが期間こそ異なるものの年単位のスパンで考えると交代交代で出現していることが後々になって判明します。もちろん、躁とうつの間に平穏な幸福感を感じる時期を挟むこともあります。

よく、「躁うつ病の躁は周りが困り、うつは自分が困る」と表現されます。医療機関の受診は自分が困らないと受診することはありませんので、単独で来院される方はうつ状態の初診がほぼ100%となります。これがいわゆる「うつ病」と最初は判断が難しい理由でもあります。
逆に、躁状態は周囲が困り、自分は困っておらずむしろ「絶好調」ですのでこの食い違いがさらに軋轢を生じ、特にⅠ型ではその程度が社会や本人に甚大な影響を及ぼすレベルの症状(=すなわち、警察介入が必要になったり家族に危険が及んだりするレベル)の場合は、非自発的な入院が必要になることもあります。

躁は「伝染性がある」とも言われます。躁の成分は「著しい幸せ」と「著しい怒り」に大きく分けられるのですが、いずれの場合も本人と関わる周囲の人々が自然とそういった感情を受け取ってしまうという性質を持っています。
多幸的な患者さんを治療させていただくと、こちらも診察を終えるとニコニコしてしまうことに気づきますし、易怒的な患者さんを治療させていただくと、こちらもイライラしてしまうことに気づきます。こちらをニコニコさせてくれるならいいのでは?と考える方もいらっしゃるでしょうが、これは本人にとっては激越な症状という意味で本質的には「イライラ」と同じ負荷がかかっているといえます。マイナス10の感情もプラス10の感情も、数学と同じでその絶対値は同じになることと似ているかもしれません。

例えを挙げてみましょう。
ライブ会場をあとにしたあの高揚感は、後々になって疲労となってどっと押し寄せます。人によっては疲れているのにその日の夜は余韻で眠れないかもしれません。この疲労は、あなたがしたくない仕事をしている時や、プレッシャーのかかっている時の疲労と感覚的には異なりますが、体やこころの負担としては同じです。このような状態でそのまま疲れを1週間以上取ることができない状態を想像してみてください。先程躁状態では周りが困ると書きましたが、「休むべき時に休めない」という事実においてはやはり本人が一番困っていると言えるでしょう。もっとも、躁状態の渦中にいる本人は、過活動や睡眠欲求が減少するという症状をお持ちなので、眠るのは時間の無駄だと感じており、「自分は休めないのではなく休『ま』ないのだ」とおっしゃいます。

気分症状としてのパトス

話を冒頭の内容に戻しましょう。
patho-というのは「強烈な感情による苦しみ」から派生して病的な状態を指すと述べました。
躁うつ病において本人が躁とうつのどちらの状態にあっても自身だけでは「抱えきれない」ほどに苦しまれているpatho-の状態であり、特に躁の症状は伝染性がありますので、溢れ出た部分を治療者側が気づかぬうちに受け取っているものと解釈できます。

古代ギリシャでは、喜怒哀楽の喜や楽のようにたとえそれがポジティブに見えるものでっても、感情は激烈なものはpatho-であり、苦しみを引き出すと考えていたのかもしれません。これは現代の精神科診療でも大いに通じるものであります。


[1]Hawton K, et al. Suicide. Lancet. 2009;373(9672):1372.
[2]Osby U, et al. Excess mortality in bipolar and unipolar disorder in Sweden.Arch Gen Psychiatry. 2001;58(9):844.
[3]Harris EC, Suicide as an outcome for mental disorders. A meta-analysis. Br J Psychiatry. 1997;170:205.
[4]Angst J, Suicide in 406 mood-disorder patients with and without long-term medication: a 40 to 44 years’ follow-up.Arch Suicide Res. 2005;9(3):279.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。