せん妄は急性脳不全である
みなさんは、急性心不全をご存知だと思います。
急性の経過で、心筋や心血管系に何らかの障害が生じ、心臓の機能であるポンピングがうまくいかず、全身に血液を循環させることができなくなる状態、つまり心臓の機能不全に陥る状態を指しています。
同様に、腎臓の機能不全は腎不全、肝臓の機能不全肝不全、とそれぞれの臓器に「不全」が存在しています。
では、「脳不全」という用語を聞いたことはあるでしょうか?
実際にはこのような用語は教科書的には存在していないのですが、今回おはなしするせん妄が、急性脳不全[1]にあたると考えると、せん妄の理解が進むと思います。解説していきます。
脳の急性機能不全という考え方
せん妄というのは、もともと急性脳症候群、急性錯乱状態、ICU症候群、代謝性脳症、中毒性精神病などさまざまな用語が乱立していたのを、「脳の機能不全」という観点でひとつにまとめた症候群です。
せん妄の特徴として、
- 急性で可逆性である
- 意識や認知の変化を呈する
ことが挙げられます。
2. 意識や認知の変化を呈する
については、心臓の機能である「循環」不全を心不全と呼ぶように、脳の機能である「意識」障害が脳不全であり、せん妄の本質といえます。
せん妄に関する課題
せん妄を呈することで何が問題になるのでしょう?それは、二次的なコストや死亡リスクの増大にあります。
第一に、せん妄はめずらしい症候群ではありません。
せん妄は総合病院で一般入院患者の10-20%、高齢者だと30% [2]、さらには術後やICUにて70%前後にも及ぶ [3]ほど「ありふれた」症候群です。
読者のみなさんも、「せん妄」という用語は一度は聞いたことがあるはずですが、なぜそこまで見逃してはならないのか?というところまでは意外と知られていないようで、せん妄そのものよりもせん妄が引き起こしうる二次的な支障の甚大さがここでは問題になっていきます。
下記にせん妄に関するFactsを挙げると、
- せん妄が関連する死亡率は20%前後に及び、そうでない場合の死亡率に比べて約2倍大きくなる。[4]
- せん妄は認知機能低下をもたらす。[5]
- せん妄が長期化することにより死亡率、認知機能低下率、入院率が高くなる。[6][7]
- せん妄が長期化することにより、二次的合併症の発生リスクが高くなる。例)誤嚥性肺炎、骨折、褥瘡など。
- せん妄が別の併存疾患の予後を左右する。例)高齢者の非代償性心不全。[8]
- 上記を背景とした治療、看護にかかる医療コストの増大
- 入院の中長期化
- 全身状態回復、身体機能、精神機能の改善遅延
- 生活の質の低下
- 同意能力や意思決定能力の低下
などがあります。
せん妄は退院後にも予後を左右する
それから、忘れてはならないのが、せん妄になって退院した後も様々なリスクが増大するということです。長期的な予後に関してオランダで行われたメタ解析の研究では、せん妄の入院歴のある方はそうでない方と比べ、退院後約2年以内で死亡が2倍、約15ヶ月以内の施設入所が2.4倍、約4年以内で認知症診断が13倍だったという数字が発表され、世界に衝撃を与えました。[9]
せん妄をいかに予防するかがとても大事ですし、予防できなかった場合でもいかに早期発見、早期介入するかでその後にも影響を及ぼすことがここにも強調されています。
せん妄は時間軸と意識の障害からなる
さて、ここで教科書的なおさらいを軽くしておきましょう。
せん妄とは、1)時間軸+2)意識の障害 によって構成された病態概念です。
時間と障害の内容や程度のふたつの軸で診断を行うという意味では、操作的診断のひとつと考えることができます。
典型的な症例を一文で表現するなら「夜になると豹変する病棟スタッフ泣かせの高齢者」となります。
(シンプルな表現でわかりやすく伝えることを目的としているため、だいぶ乱暴な表現であることをご容赦ください)
- 時間軸
- 急性
- 日内変動性
- 意識の障害
- 注意の障害=アウトプットの障害
- 認知(思考)の障害=インプットの障害
インプットもアウトプットも障害されると、精神病症状のように実際の言動に現れる方も出てきます。
せん妄は外向きと内向きの表現方法がある
せん妄には大きく2つのタイプがある[10][11]ことを整理しておきましょう
- 過活動型(約30%):上述の夜になると豹変する病棟スタッフ泣かせのタイプ。
- 低活動型(約30%):ボーッとしていて目立たないが、実は見逃しや誤診もされやすいタイプ。
なお、厳密にはこの両者をどちらも呈する③ 混合型の患者さんが残りの40%程度を占める [11] ので分類としては3つとなります。
特に、低活動型は見逃されやすくてうつ病や認知症などと誤診されやすく、またそもそもスタッフからせん妄であることに気づかれにくいために、対応が難しいとされています。
加えて、過活動型に比して薬物療法の適応が実証されていない、ということも困難さに加担しています。
せん妄の30-40%は予防できる!
ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、せん妄の対策には、
- 準備因子:せん妄の温床になる因子
- 直接因子:せん妄の直接の原因になる因子
- 促進因子:せん妄を起こしやすくする因子
の3つがあります。せん妄を燃えさかる火に例えると、
- 準備因子=薪
- 直接因子=ライター(火種)
- 促進因子=油
と考えるとすっきりします。[12]
このうち、準備因子(薪)に関しては「高齢」「男性」「基礎疾患」があることなど、患者さん側に依存している(つまりすでに用意されたものなので、取り除くことがそもそも不可能)ことから介入が難しいのですが、残りの直接因子(火種)は主に医師によって、促進因子(油)は看護師を主体とした病棟スタッフによって、それぞれ減らすことが可能といえます。
このうち、火種は前述のように薬剤性や代謝性など教科書にたくさんの記載がありますので割愛します。今回は火種よりも「火に油を注がない」「火種を小さいうちに発見・介入する」ためにどんなことができるか、という予防的な観点で解説をしていきます。
せん妄は精神科領域外の現場で起きている。
せん妄は主に精神科(緩和ケア)チームによって治療される医療機関が多いにも関わらず、「第一発見者」は精神科領域外の場所で出る、という矛盾にも聞こえる特徴があります。
火種や油の話もそうですが、どのようにして現場でいち早く火事を見つけられるか、というのはどの医療機関でも共通した課題であることは間違いないでしょう。
この課題を解決する上で広く用いられている評価指標がCAM (The Confusion Assessment Method)です。
CAMは原版で感度94%、特異度89%、日本語版で感度83.3%で特異度97.6%と報告[13][14]されており、スクリーニングツールとしては申し分ないです。(著作権があり転載ができないため、閲覧できるリンクを貼っておきます。)
さらに、CAMには簡易版のCAM shortやICU版のCAM-ICU、重症度評価ができるCAM-Sなどがあります。
さらに、原作者であるSharon K. Inouye先生は、1999年に独自のせん妄予防介入法を開発され、これによる介入群がせん妄の期間、一人あたりの発生回数、被験者全体における発生率いずれも有意に下がることを立証しています。[15]
この介入法は具体的には、認知障害、睡眠欠乏、体動困難、視力障害、聴力障害、脱水の6つの危険因子の有無をチェックし、それぞれの標準的な介入方法を列挙しています。こちらも引用源をリンクしてありますので、ご興味のある方はご覧ください。
上記論文も70歳以上の高齢者を対象にしていたように、高齢者においては、特にせん妄の40%程度までが予防可能であるとの報告もあります。[16]
次のページではせん妄が起こるしくみなどについて解説します。
参考・引用文献
[1] Maldonado JR. Acute Brain Failure: Pathophysiology, Diagnosis, Management, and Sequelae of Delirium. Crit Care Clin. 2017 Jul;33(3):461-519.
[2] Maldonado JR. Delirium in the acute care setting: characteristics, diagnosis and treatment. Crit Care Clin. 2008 Oct;24(4):657-722.
[3] Girard TD, et al. Delirium as a predictor of long-term cognitive impairment in survivors of critical illness. Crit Care Med. 2010 Jul;38(7):1513-20.
[4] Cole MG, et al. Prognosis of delirium in elderly hospital patients. CMAJ. 1993;149(1):41.
[5] Saczynski JS, et al. Cognitive trajectories after postoperative delirium. N Engl J Med. 2012;367(1):30.
[6] Kiely DK, et al. Persistent delirium predicts greater mortality. J Am Geriatr Soc. 2009;57(1):55.
[7] Francis J, et al. Prognosis after hospital discharge of older medical patients with delirium. J Am Geriatr Soc. 1992;40(6):601.
[8] Uthamalingam S, et al. Usefulness of acute delirium as a predictor of adverse outcomes in patients >65 years of age with acute decompensated heart failure. Am J Cardiol. 2011 Aug 1;108(3):402-8.
[9] Witlox J, et al. Delirium in Elderly Patients and the Risk of Postdischarge Mortality, Institutionalization, and Dementia: A Meta-analysis. JAMA. 2010;304(4):443–451
[10] American Psychiatric Association. (2013). Diagnostic and statistical manual of mental disorders (5th ed.). Arlington, VA: Author.
[11] Meagher DJ, et al. Motoric subtypes of delirium. Semin Clin Neuropsychiatry. 2000 Apr;5(2):75-85.
[12] 井上真一郎ら せん妄の要因と予防 臨床精神医学 42(3), 289-297, 2013-03
[13] Wei, L.A., Fearing, M.A., Sternberg, E.J. and Inouye, S.K. (2008), The Confusion Assessment Method: A Systematic Review of Current Usage. Journal of the American Geriatrics Society, 56: 823-830.
[14]渡邉 明 The Confusion Assessment Method(CAM)日本語版の妥当性 総合病院精神医学2013 年 25 巻 2 号 p. 165-170
[15] Inouye SK, Bogardus ST Jr, Charpentier PA, Leo-Summers L, Acampora D, Holford TR, Cooney LM Jr. A multicomponent intervention to prevent delirium in hospitalized older patients. N Engl J Med. 1999 Mar 4;340(9):669-76. doi: 10.1056/NEJM199903043400901. PMID: 10053175.
[16] Najma Siddiqi, Allan O. House, John D. Holmes, Occurrence and outcome of delirium in medical in-patients: a systematic literature review, Age and Ageing, Volume 35, Issue 4, July 2006, Pages 350–364