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せん妄のおはなし vol.2/2

はじめに

この記事は、主に医療従事者向けとなります。
前回は、せん妄に関するFactsや教科書的なおさらいをしました。今回は最終回としてせん妄が起こるしくみについて解説していきます。

せん妄は治療ではなく「予防」の時代です。多職種連携が活きる疾患でもありますし、コラボレーションの結晶によって功を奏すると言えます。この辺を解説していきます。

せん妄が起こるしくみ


ここでいきなり結論から述べるのですが、結局のところ、せん妄のしくみを特定するのは至難の業でわかっていません。


なぜ難しいかと言うと、せん妄の症状が変動性をもっており、悪化しているときほど研究に必要なデータを集めるための検査に応じられないからです。例えば錯乱状態になっている患者さんの脳MRIを撮ったり、採血をしたりというのは現実的ではありませんし、同意を得ることができません。せん妄は意思決定能力、治療同意能力の低下も症状に含んでいるからです。従来のこうした研究方法ではなかなか一筋縄で解明というわけにはいかなそうです。

ただし、「せん妄を引き起こす疾患」については教科書にたくさんの代謝性、薬剤性、炎症性疾患などがならんでいるのをご覧になったことが一度はあるかと思いますが、このバラエティーの広さは、特定のひとつの病態経路だけでせん妄が引き起こされるわけではないことを意味しています。

精神病症状もそうですが、こうした病態経路が様々であることが予想される疾患概念も、実は直前の経路は共通しているのだ、と考える研究者もいます。
冒頭で、せん妄は「乱立した疾患名の総称」と表現しましたが、疾患をひとつにまとめるための判断材料となる共通した病態やメカニズムのことを「final common pathway」と呼んでいます。

たとえば、代謝性のせん妄も、物質中毒性のせん妄も、薬剤性のせん妄も、発症の入り口でこそ異なりますが、最終的に出口に至る直前のメカニズムは共有されている、という考え方です。

このメカニズムに、アセチルコリンが関与しているとされ、健康な方が抗コリン薬を服用するとせん妄が引き起こされ、高齢者でその傾向がつよくなったこと、低酸素血症、低血糖症などの患者さんでは中枢神経系におけるアセチルコリン合成が低下していることなどからこの仮説が支持されています。[17] 患者さんの血清の抗コリン活性が、術後せん妄の重症度と相関があるという報告もあります。

皆さんもご存知の抗認知症薬「ドネペジル」などは、この抗コリン作用の逆を持つ、いわばコリン作動薬(厳密にはコリンエステラーゼ阻害薬)です。
脳内のアセチルコリン濃度をキープする働きを持ち、「コリン仮説」[18]に端を発していますが、コリン作動性ニューロンの喪失をきたす認知症を慢性脳不全のような緩徐に進行する脳不全と捉えると、急性脳不全であるせん妄と時間軸こそ異なりますが、一部で共通したメカニズムを持っていて、アセチルコリンの濃度が減少ると考えることはごくごく自然のようにも感じます。

ミクログリアとアセチルコリンのせめぎ合い

2010年にLancetで発表されたオランダの論文[19]に「アセチルコリンによるミクログリアの活性化制御」という仮説が、せん妄におけるさらに明らかなメカニズムとして期待されています。

これは、脳内のミクログリアというマクロファージの中枢神経バージョンのような細胞が、慢性虚血や全身炎症などを引き金に過度に活性化されると、アセチルコリンによる制御がきかなくなって、本来外敵を退治する目的だったサイトカインが過剰産生され、脳自体にダメージをもたらす。というものです。

つまり、本来は免疫細胞として脳を外敵から守ってくれるはずのミクログリアが、アセチルコリンによる「監督」機能が弱体化することによって暴走してしまい、脳自体にダメージを与える諸刃の剣のようです。

なお、「サイトカインによる脳のダメージ」はせん妄だけをもたらすわけではなさそう、と想像つく読者の皆さんもいらっしゃると思いますが、事実、既述の認知症や統合失調症などの精神疾患、中枢神経変性疾患などにも関わっている重要な仮説であるとも言われ、様々に研究が行われています。

抗コリン薬投与を控える!

さて、未解明のせん妄についてだいぶ長く書いてしまいましたが、精神科領域でただひとつだけ留意しておきたいせん妄の掟があるとしたら、「抗コリン薬やベンゾジアゼピンの使用はできるだけ控える」です。

特に抗コリン薬はEPS (Extrapyramidal symptoms:錐体外路症状)に対するビペリデントリヘキシフェニジルが精神科領域における重要な薬として現在も用いられています。

一方で、これまで説明してきたように、抗コリン薬は短期的にも長期的にも認知機能を低下させたりせん妄を生じたり[20] と、特に高齢者や慢性経過の抗精神病薬、抗うつ薬服薬中の方においては、こうした主剤にも抗コリン作用がありリスクファクターに加わります。

少なくとも主剤以外の抗コリン薬については追加しない、減らす努力を払うのが妥当でしょう。

同様に、ベンゾジアゼピン系にも抗コリン作用があることを忘れないようにしましょう。急性閉塞隅角緑内障の方に対して禁忌とされているのはベンゾジアゼピンの抗コリン作用のためでしたね。

さらには、ベンゾジアゼピンやアルコール、オピオイド、薬物や麻酔科薬は中毒だけでなく離脱でもせん妄を生じることに留意しましょう。

ベンゾジアゼピンに関しては、抗不安作用であれば少量の抗精神病薬等に切り替えたり、不眠に対してはメラトニン受容体作動薬であるラメルテオンや、スボレキサント、レンボレキサントといったオレキシン受容体拮抗薬に切り替えることも有効という報告があります。[21]

これからは予防の時代!ということで、医師だけでなく、多職種のチームで行うことによって、火が大きくなる前に予防することの様々なメリットを書かせていただきました。

せん妄に関しては医療機関独自でその評価方法が確立されていると推察されますが、それらに共通する文献や根幹の内容を本サイトで理解できたならば幸いです。

参考・引用文献

[17] Mach JR Jr, et al. Serum anticholinergic activity in hospitalized older persons with delirium: a preliminary study. J Am Geriatr Soc. 1995;43(5):491.

[18] Davies P, Maloney AJ. Selective loss of central cholinergic neurons in Alzheimer’s disease. Lancet. 1976 Dec 25;2(8000):1403. doi: 10.1016/s0140-6736(76)91936-x. PMID: 63862.

[19] van Gool WA, van de Beek D, Eikelenboom P. Systemic infection and delirium: when cytokines and acetylcholine collide. Lancet. 2010 Feb 27;375(9716):773-5. doi: 10.1016/S0140-6736(09)61158-2. PMID: 20189029.

[20] Coupland CAC, Hill T, Dening T, Morriss R, Moore M, Hippisley-Cox J. Anticholinergic Drug Exposure and the Risk of Dementia: A Nested Case-Control Study. JAMA Intern Med. 2019;179(8):1084–1093. doi:10.1001/jamainternmed.2019.0677

[21] Xu, Shu BSa, et al. Suvorexant for the prevention of delirium A meta-analysis Medicine: July 24, 2020 – Volume 99 – Issue 30 – p e21043

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