【NEW】医師国家試験 精神科過去問解説しました!→【国試過去問】

「うつ」のおはなし vol. 3/3

はじめに
前々回前回と2回にわたって、エネルギーレベルを高中低の3つに分けて説明をしてきました。この中には、エネルギーレベルが徐々に低くなる方もいらっしゃれば、突如低い状態に陥る方もいらっしゃり、必ずしも順番で推移していくわけではありません。ここが精神医学の難しいところで、メンタルヘルスへの理解をより複雑にしている要因です。一方で、経緯はともかく、明らかにエネルギーレベルが文字通りゼロになった状態というのは、全体から見れば極めて稀なのですが存在します。ゼロの状態を知ることで、両極端を知ることにつながり、うつの理解が深まるかと思います。

エネルギーレベル「ゼロ」
=身体的にも精神的も活動がストップする。

普段の生活で皆さんは「エネルギーレベルがゼロ」になった方を見ることはまずありません。本人が外に出るエネルギーがないという明白な理由もあるのですが、それ以前に身体的精神的に重篤な状況となり、救急搬送されて入院治療を受ける必要があるからです。それぐらい、エネルギーがゼロというのは、極限状態であるということを意味します。

具体的な状況としては、エネルギーがゼロですので、まず食事が全く摂れません。摂るためにスプーンを口に持っていくことも、視点を合わせることも、あるいは食欲を感じたり、食欲という欲を出すこともできていないものと推察されます。
それから、身体を動かすこともできませんし、端から見ると身体が固まった状態に見えるほどに動けないのです。まばたきすらしていないこともあります。
こちらから本人を揺り動かそうとしてもまばたき一つ反応せず、身体も固まったままです。こうした状態は専門的には昏迷と呼ばれます。昏迷はうつ病以外の精神疾患でも生じることがありますが、うつの症状では最重症となります。ほとんどのケースでは昏迷になる前の段階で救急受診がなされますので、例えば動きが極めて遅くなったり、呆然と立ち尽くしていたり(=立つエネルギーはギリギリある)、周囲からの声かけに一切反応しなくなるといった昏迷に準じた、「亜昏迷」の状態で誰かしらの心配に留まり、救急搬送されることが多いです。

また、食事摂取ができませんので、著明な体重減少や脱水や栄養不良で搬送されることもあります。いずれにしても、こうした方がクリニックに歩いていらっしゃる、という受診には結びつかず、また、エネルギーレベル的にもこれが成立することは極めて困難となります。したがって、仮に家族が動かない本人を連れていらっしゃるにしても、まず救急車を要請されるでしょうし、それから受診先もクリニックではなく病院となります。

以上、エネルギーレベルでうつの症状を段階的に説明してきました。専門用語では「精神運動抑制」といい、うつの症状として特徴的な所見となります。精神運動というのは、精神的な活動ならびに身体的な活動(=運動)両方を含んでいます。精神運動「抑制」の部分をこれまで説明した「渋滞」に入れ替えてみるとよく理解できると思います。まったく精神運動抑制がみられないエネルギーが高い状態から、抑制が少し感じられる中程度の状態、抑制が目立ってきている低い状態と様々なレベルがありますが、精神運動抑制の行き着く先には昏迷があるといったイメージです。これらをエネルギーレベルとして置き換えてシンプルに説明を試みました。


ここで、アルコールの話をしたいと思います。
よくあるご意見として「アルコールでよく眠れるし、不安も和らぐじゃないか」というのがあります。確かにアルコールを飲むことで、その時は不安を和らげることにはなりますが、酔いから覚めるとまた同じ日常になっていて、根本の解決になっておらず、反動としての不安や虚しさがむしろ大きくなります。それでまた飲酒する、ということが繰り返されていきます。
こういった心理的な特徴だけなく、アルコールは、不安やイライラといった感情に節度を保たせるための歯止めをかける脳内のブレーキ機能を弱めることが知られており、かえって不安が悪化したり、キレやすくなったり、短絡的になっていくことが知られています。
このブレーキ機能は、いわゆる「我慢」に似たものと考えていただくとわかりやすいと思います。普段「我慢」している人が、お酒を飲むと途端に抱きつくようになったり、人格が変わったように振る舞ったり、セキを切ったように泣き始めたり笑い始めたりと、こういったブレーキを外してしまうわけです。もちろん、節度のある飲み方であれば、ブレーキも適度に外れ、「飲みニケーション」が円滑に進むこともあるわけですが。
さらに重大なのは、アルコールによって睡眠が浅くなり、睡眠の質も量も低下するということです。皆さんがお酒でよく眠れると感じているのは、アルコールによって筋肉がほぐれてリラックスするので眠気が来ることが理由であり、その後の睡眠の本番である深い睡眠には入りにくくなります。実際は眠りの真っ只中いる皆さんの睡眠がアルコールで浅くなってしまっていることには気づきようもありません。
また、アルコールは利尿作用といって尿が多く作られるようになったり、脱水状態が作られるので血液が固まりやすくなって睡眠中の脳梗塞や心筋梗塞、イビキや無呼吸が悪くなったりと、いずれもあまりいい結果はもたらしません。
酒は百薬の長とは言いますが、レクリエーションの目的で飲むならまだしも、「眠るため、不安を和らげるため」といった、精神安定作用を求める目的で飲んでいる状態は、かえってその目的達成から遠のく事をしており、ゆくゆくはさらに悪化するものと考えていいでしょう。
初診の段階で、うつや不安の症状をアルコールで解消しようと飲酒量が以前よりも増えている方は、治療を進めていくと摂取量が減っていくことも多く見られます。本来の本人のレクリエーション目的の量に戻るわけです。
こうしてやっと、飲酒がうつや不安を和らげるための誤った「手段」になってしまっていたことに気づきます。
なお、ややこしいのですが、今まで述べたのとは逆に、アルコールを長期に不適切に飲用していると、アルコールそのものによってうつや不安の症状が出現し、固定化することがあります。アルコール依存症の方を含め、うつや不安といった精神症状が先なのか、アルコールが先なのか、といった判別はとても困難であり、肝心なことは、どちらの場合もアルコールが精神症状に密接に関わっており、また治療の阻みにもなっているということです。

早期受診がカギ

前回でも少し触れましたが、エネルギーレベルが低くなればなるほど自覚的な捉え方と他覚的な捉え方に食い違いが生じてきます。自覚的な症状の推し量りにエラーが大きくなっていくわけです。本人にとっては、自分の症状をめぐって、家族や周囲の人々と意見が合わなくなってきます。こうなると、ようやく家族の説得なりでいらっしゃっても、本人の受診や服薬が続かなかったりと治療の継続に結びつかないことが多く、私たち医療従事者側も大変苦労します。また、家族が本人の受診を何らかの理由で阻んでいる、といった逆のパターンもこれと同様に大変な感情労働を強いられます。
当然ですが、治療を施す私たち医療従事者側も、本人が早期に受診してくださることで、うつの症状の有無や程度を評価するだけでなく、「悪化の予防」という観点で診察が行なえるため、治療も最小限で済むことが多いですし、本人ならびに私たち双方にとってメリットは高いと言えます。

最後に、重複になりますが、この記事をお読みいただいて、皆さんが適切なタイミングでクリニックに受診ができるよう、判断する一助になればと願っています。もちろん、受診までに時間がかかってしまっても、私たちはお待ちしています。また逆に、「こんなことで来院してもいいのかな…」と迷った時はいつでも相談ください。例え1回限りの受診になってもそれはそれで何か得るものがあり、前々回に登場した「来てよかった」とおっしゃってくださる患者さんのように、こころが軽くなるはずです。

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