前々回、前回と健康な解離と病的な症状としての解離を解説してきましたが、その背景には、甚大なストレス負荷(=トラウマ性ストレス)が存在し、それに対して自己防衛の手段としてやむなく取った対処方法が解離であるということがおわかりいただけたかと思います。
最終回の本記事では、解離の治療の難しさと解離症を含む心因の治療の枠組みの複雑さをご説明いたします。
「葛藤」と医療従事者の「解離」
皆さんは「葛藤(かっとう)」の語源をご存知でしょうか?
葛藤は葛(クズ)と藤(フジ)という2つのマメ科のつる状の植物がそれぞれ絡み合ってもつれている状態を指しています。
ここから派生し、感情が対立してもつれている状態を指していますが、実際は葛と藤のように2つの対立関係という単純なものではなく、いくつもの感情が入り乱れてもつれ合っているのが現実です。
前回ご説明した解離性同一症のように、これを各人格がそれぞれ担当することとなった場合、各人格の性格は、その人が抱える各感情そのもの、ということになります。
よく、治療が必要な解離症の患者さんを担当すると、医療従事者側で対立が起こり、文字通りチーム内の「解離」が起きる、というのはよく知られた事実です。
これは、患者さん自身の葛藤が本人には処理しきれず(=なので解離が起きている)、特に負の感情を担当している人格からそれが投げ込まれてくると生じます。患者さんはこれまで葛藤を自身で処理する術を知る機会がこれまでの人生で皆無に等しく、それだけに「解離」という手段を用いて「アウトソーシング」(=実際には自分自身の中で行われていることですが)して対処してきたので、「葛藤の投げ込み上手」であることが多いのです。いったん感情や葛藤が患者さんから投げ込まれると、治療関係という名のもとで医療従事者にキャッチされるという構図になりやすいわけです。
こうした現象を心理学の世界では「転移」と呼びます。
転移というのは、それが患者さんから投げ込まれたものと認識することができれば、患者さんの感情を理解する助けになる重要な所見となるのですが、医療従事者側は自分の中で沸き起こる感情(=つまり、自分が生産した感情)との区別がつきにくいことが多く、医療従事者本人の感情と誤認されてしまうのです。
こうなると、本来は患者さんが処理しきれなかった感情として認識されるはずの感情が、医療従事者側の所有物に様変わりしてしまい、医療従事者側のストレス蓄積の要因になってしまうばかりか、場合によっては、自分が患者さんに対して抱いている感情、という風にいつしか立場が逆になってしまい、これをオウム返しに患者さんにぶつけてしまうこととなり、まさに感情の「倍返し」になってしまうこともあります。
精神科医療の治療の枠組みの限界
実は、こうした状況に陥りやすいのは、薬物療法がメインで心理士が介入する機会のほとんどない精神病圏の患者さんを本来対象とする精神科病院(二次医療圏や三次医療圏)です。
「こころの問題」の幅広さ」のコラムで書いたように、解離症は精神病圏ではなく、神経症圏に含まれます。
神経症圏は内因ではなく心因であることを思い出していただきたいのですが、重症の心因は限りなく内因に近い枠組みで治療せざるをえなくなります。特に、精神科病院に入院を要するレベルの心因の患者さんは、上に述べたように自分や他者に影響を及ぼしうる行動障害が主な入院の動機となることが多く、その意味で心因ではあるけれども内因性の疾患に準じた同程度の治療強化が必要なことが多いです。
なので、二次三次医療圏である精神科病院が治療の枠組みとして適することが多いわけなのですが、やはり「心因」ですので心理学的な見地が手薄な環境では、「転移」が医療従事者を分断させてしまうというような心理学的な背景にまつわる現象が起こりやすいとも言えます。
心因の患者さんの大多数は、もともとクリニックに自分で通うことができて、心理士による心理療法だったり医師による対症療法的な薬物療法で治療を施すのがメインなのですが、上記のような「内因寄り」の重症度の高い心因の患者さんは、治療の枠組みという意味では、両方必要になると言えます。具体的には、心理士を専門職とした心理学的知識と、精神科医を専門職とした精神医学的知識を総動員する必要があり、これが同時に実現できる精神科医療環境はほとんどありません。なぜなら、本来は心因はクリニック(一次医療圏)、内因は病院(二次三次医療圏)と精神疾患は棲み分けがはっきりしているものだからです。
ですので、一般的には精神科病院で行動障害等の重篤な症状を薬物療法メインで治療し、心理療法に耐えられるほどの情緒安定性や症状の安定化が図れたあと、心理士の充実したクリニックに転院して通院による薬物療法の継続と心理療法の導入を行う、という病状のステージに応じた医療圏の使い分けをするのが現段階の医療資源でなせる最大限の合わせ技、といえます。
これは、他の心因の疾患である「強迫症」や「変換症」等の重症ケースも同様です。
このように、「こころの問題」の幅広さで述べた「健康な不健康」と「病的な不健康」の違いは、重症の心因と軽症の心因を比べるとその差がわかると思います。もっとも、重症の心因の方は入院を要する症状があれば「病的な病気」の範疇に入っているとも言えますので、「病的な病気は内因だ」とする伝統的診断の限界はここにあるわけです。
「白と黒ははっきりするけど、グレーは難しい」といわれる所以です。
解離を理解し、解離を防ぐ
以上、3回に分けて解離症状を説明してきました。この記事は医療従事者に向けた内容に傾いてしまった感がありますが、筆者が過去に担当させていただいた当事者の方々のご経験を尊重しつつ、重症度の高いケースに絞って解説を試みました。重症を知ることで、軽症やその中間を理解することにつながると考えています。
解離症は心理学的なメカニズムが大きく働いた故で形成された疾患でもあるため、特に医療従事者の方々がこの心理学的背景を知ることによってご自身のメンタルヘルスもだいじにできるよう、解離をよく知る機会になったならば幸いです。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。