キョウハクセイショウガイ??
強迫症はここ数年で強迫性障害から名前を変えようとしてしています。以前から、「キョウハク」「ショウガイ」という比較的強い語気の印象を受ける単語が並んでいたこともあり、また10-20代での発症が多いこともあり、同伴受診される親御さんからも、憤り口調で「うちの子をキョウハクしたことなんてありません!」といったコメントをいただくこともありました。
最近になり「強迫症」と使われることが増えたためこちらをこの記事でも採用していますが、キョウハクの部分は変わらず用いられていますね。
その違いをまずは解説いたしましょう。
強迫=自分に強く迫ってくる。
キョウハクと聞くと、巷では相手が自分に「脅かして迫る」方の脅迫のイメージを抱きやすいと思いますが、メンタルヘルスで用いられるキョウハクは、タイトルにもある通り、自分でコントロールできないほどの理不尽な考えや行動が、自分の頭の中に強く迫ってくる状態を指しています。
「理不尽な考え」というのは、典型的には、自分では明らかに意味が見いだせない、合理的でない、有益でないとわかっている考えという意味であり、「バカバカしいとはわかっているんだけど」考えてしまう内容のことを指しています。これを強迫観念と呼んでおり、強迫症の方が共通してお持ちの症状でもあります。
強迫観念には、みなさんも一度は聞いたことのあるであろう「不潔恐怖」を筆頭とし、目についたものを数えずにはいられない「計算恐怖」や、自分が他者に危害を加えてしまうのではないかという「加害恐怖」といったものまで様々に存在します。
一見、全く脈絡のない「恐怖」ばかりが並んでいるように見えますが、実は「自分が〇〇してしまったらどうしよう」という不安が共通の背景として存在していることがわかっています。
こちらの記事でも少し解説しましたが、不安というのは、過剰な未来志向の結果生じることが多く、この不安の対象が上記のように具体的なものとして浮かんできた場合に「恐怖」と称されるわけです。
「恐怖」の内容が例えば「今回関わっているプロジェクトで失敗してしまったらどうしよう」「このテストで落第してしまったらどうしよう」というような、多くの人が想像できる内容であれば、健康な恐怖、あるいは不安であると言えますが、例えば、「今すれ違った人を傷つけてしまったらどうしよう」と明らかに逸脱した内容となっていくと、強迫観念により近づくことになります。それに伴って本人の「理不尽」感もそれに伴って強くなっていきます。
強迫観念は粘着性がある
強迫観念にはもうひとつ共通した特徴があります。
それは、本人の意図と関係なく入り込み、こびりついて離れない考えであるという点です。
本人は意図したくなくても入り込んでくるし、忘れたくてもずっととどまり続けるため、本人の意向とは逆行している非常に「理不尽」な考えなわけです。専門的には、この「理不尽」な考えが自分のもののはずなのに相容れないどころか苦痛と感じてしまう状態を「自我違和感」といい、強迫症の中核的な症状となっています。
この自我違和感がだんだんと無視できないぐらいに影響を及ぼすようになってくると、次に説明する強迫「行為」によってなんとか対処しようと試みるようになります。
強迫行為=目に見える対処法
強迫行為は本人の頭の中に侵入してきた強迫観念を和らげるために対処しようとした結果生じる「目に見える」行動の総称です。
強迫観念は目に見えませんが、強迫行為によって他者からもその内容、そしてその程度まで推定することが可能となります。
例えば、不潔恐怖という強迫観念が存在しているかどうかは他者にはわかりませんが、1時間ずっと水を流しっぱなしにして手を洗っているとか、手を洗いすぎてカサカサになって真っ赤に腫れていてもまだ洗っているといった強迫行為が見られれば、本人の強迫行為を通じて強迫観念も垣間見ることができるようになります。
強迫行為は強迫観念がないと出てこない、というわけです。
強迫症は英語ではObsessive-complusive disorderと呼ばれ、Obsessionsが日本語で言うところの強迫観念、Complusionsが強迫行為に該当して明確に2つを並べて記載しており、よりわかりやすい命名となっています。
もうひとつ、あくまでも例えですが、1時間手を洗っている人と、10時間手を洗っている人だと、より後者の方が強迫観念に強く苛まれていることがわかりますし、手洗いだけではなく、自宅でも毎回ドアノブの消毒が欠かせないという別の強迫行為も伴っている方は、手洗いだけの方よりもより広範囲で不潔恐怖が存在していることが推定できます。
強迫行為は飛び級したり、儀式化することも
さらには、手洗いだけでは強迫観念が収まらず、手洗いのあとに頭を3回手でなでる、などといった根強い強迫観念を打ち消すために全く別の強迫行為をすることもあります。
この場合、手を洗ってきれいになったはずの手で頭をなでていますので、もう一度「汚い」手になっているはずですが、本人にはこうした理屈は理解していても理不尽さが勝ってしまい、本人の強迫観念が治まることが最優先化している状態となっています。
また、学校の前を通る時に咳払いを5回する、といったこと儀式めいたことに発展する場合もあり、これは本人の中で強迫観念を抱くことよりも先行して強迫行為をするようになっていくので、強迫行為をすることが目的のような逆転現象が起きていきます。まさに強迫観念をスキップした飛び級の強迫行為と言えます。
こうなると、本人も「理不尽とわかっているけどやめられない」状態が顕著となっており大きな苦痛を伴います。
自分で手に負えなくなると他者に波及
これまで挙げてきた架空の例は、いずれもすべてご本人が自分で行う形式の症状でしたが、自分では強迫観念を打ち消すことができない状況下で、他者の力を借りるケースも出てきます。
不潔恐怖の例だと、ドアノブを掃除するのも汚すぎて触れることができない場合、家族にドアノブの掃除をしてもらうことで解消するといった具合です。他にも、夫が帰宅した瞬間に入浴を強要し、全身の消毒をさせてから部屋に入ってもらうことで自分の不潔恐怖を和らげるといったケースもあります。
成田ら*2)は、1974年に自分だけで対処する(できる)タイプを「自己完結型」、他者を巻き込むタイプを「巻き込み型」と命名しており、一般的に巻き込み型の方がより重症であるとしています。
以上をまとめると、
- 強迫観念だけ
- 強迫観念>強迫行為
- 強迫観念<強迫行為
- 自己完結できず他者の手助けを借りる:巻き込み型
という順番で症状が存在しています。強迫症状の具体的な中身についてはその内容は様々でありますが、基本的には強迫行為がどの程度本人を支配してコントロール感を失ってしまっているか、という視点で重症度が決まっていると考えて良いでしょう。
また、強迫症状がより具体的なものであれば、それに応じて身体醜形症、ためこみ症、抜毛症、皮膚むしり症など、より具体的な名称で呼ばれることもあります。これらも強迫症の関連疾患と称されます。
他の疾患の合併も多い
一般的には強迫症はだいたい一般人口の1.5%前後がかかる疾患とされ、強迫症の半分前後の方は、薬物療法と曝露療法といった治療法により症状に苛まれることがなくなるくらいに改善します。*3)
一方、強迫症は他の疾患との合併(オーバーラップも含む)が多く認められる疾患であり、例として、強迫症の75%ほどは、パニック症や社交不安症といった他の不安症を、60%強はうつ病などの気分症状を伴った疾患を合併する、チック症群(チック症やトゥレット症)を30%に合併しているなどです。*4)
この背景には、精神疾患が帰納的な概念であり、「似た者同士」を集めて極力疾患概念を均一に努めようとした結果、どうしてもその境界線が曖昧になってしまうという性質をはらんでいるということも大きく、こちらで詳しく説明しています。
一方で、他の不安症や恐怖症とは一線を画するような特徴、例えば発症がより若年であったり、先程述べたようにチック症群と強い関連性を示しているのは強迫症独自の特徴でもあり、今後の研究がさらに進むことによってより独立した疾患として概念が精製されてくることが期待されています。
【参考引用文献】
*1) Milad MR, Rauch SL, et al. Obsessive-compulsive disorder: beyond segregated cortico-striatal pathways. Trends Cogn Sci. 2012 Jan;16(1):43-51. Epub 2011 Dec 2.
*2) 成田善弘,中村勇二郎,水野信義ほか 強迫神経症についての一考察一「自己完結型」 と「巻き込み型」について.精神医学16: 957964. 1974
*3) Stewart SE, Geller DA,et al. Long-term outcome of pediatric obsessive-compulsive disorder: a meta-analysis and qualitative review of the literature. Acta Psychiatr Scand. 2004 Jul;110(1):4-13.
*4) Ruscio AM, Stein DJ,et al. The epidemiology of obsessive-compulsive disorder in the National Comorbidity Survey Replication. Mol Psychiatry. 2010;15(1):53. Epub 2008 Aug 26.