【NEW】医師国家試験 精神科過去問解説 順次UP中です!→【国試過去問】

「神経発達症(発達障害)」のおはなし vol.4/5

はじめに

前回までで、神経発達症(発達障害)の人が抱える「内なるギャップ」と「外とのギャップ」の二重苦について理解が深まったことと思います。今回からは、特に大人の神経発達症(発達障害)にテーマを絞って解説していきます。神経発達症(発達障害)というのは本来子どもに対する疾患概念でしたが、近年は子どもと同様に大人に対するアプローチについても注目が集まっています。医療機関における大人の神経発達症(発達障害)の基本的な考え方について理解が深まれば幸いです。

大人は「内なるギャップ」の有無を確認

前回までに解説したような内と外のギャップを幼少期から経験してきたからこそ、程度の違いはあれ神経発達症(発達障害)の人がいかに苦労して大人になられるかはわかると思います。人によっては、大人になる途中で耐えきれず非行に走って犯罪に手を染め反社会的となったり、うつや不安を2次的に抱えて就学が困難になり不登校となる方も出てきます。昔はあまり神経発達症(発達障害)の概念すら広く知られてしませんでしたし、大人になってから「自分は実は神経発達症(発達障害)だったのかも」と考える方も少なくないと思います。

さて、大人になると、子ども時代と違って何が変わるでしょうか?
まず、環境をある程度自分でコントロールできるようになります。
学校という社会生活を強いられることもありませんし、対人関係も自分である程度取捨選択ができるようにはなります。前回説明したように、自分のペースで「社会の時計」に「自分の時計」を合わせることができるようになるため、「外とのギャップ」については随分と楽になる方もいらっしゃるでしょう。
一方で、別の「社会の時計」が現れるのも事実です。就労して自分自身で生活を営むことが必要とされます。多くの方にとって就労は人生の大半を占めるようになります。大人の神経発達症(発達障害)を自分で疑ってクリニックに来る方は、大抵の場合、仕事上の困難が発端でいらっしゃいます。
「周りはできている締切や納期に自分だけ間に合わない」「営業で必要な商品の特徴がどうしても頭に入らない」「原稿執筆の誤字脱字を何度も指摘される」などなど、個々でそれぞれ異なった内容ではありますが、困り感の大きさ、という意味では皆さん大変苦労されておられます。

これらが全部神経発達症(発達障害)だから、ということにはなりません。このあたりはvol.1に詳しく解説しましたが、大人になってからの神経発達症(発達障害)というのは、神経発達症(発達障害)そのものを診断することが大事なのではなく、自分の特性に「内なるギャップ」があるかどうか、そして生活や仕事上の弊害にリンクしているかどうかが最も重要なチェックポイントです。なぜなら、子どもの時に診断を受ける場合と異なり、大人の場合は自分で自分の特性を理解し、周囲に働きかけながら自分で環境調整を行わなくてはいけないからです。

心理検査は、クリニックによって心理士がいて実施できる所とそうでない所があり、提携した心理検査機関で受けてきてもらうようにしている所もあります。「心理検査」は総称ですので、いろんな種類を患者さんに合わせて実施している所もあれば、最低限のものだけを実施している所もあります。こういった検査は、保険適用かどうかも含めてケースバイケースですが、万単位の費用がかかることが多いです。

大人の神経発達症(発達障害)は二次症状の出現悪化に留意

大人の神経発達症(発達障害)においては、神経発達症(発達障害)の診断よりももっと大事なことがあります。
それが、vol.1でも解説した二次的な精神症状の有無です。仕事上の支障を覚えてクリニックにいらっしゃる方は、ほとんどの方がうつや不安、睡眠障害などの精神症状が大なり小なり出現してから受診の必要性を感じていらっしゃいます。もちろん、その中には神経発達症(発達障害)でない方も多くいらっしゃるわけですが、その精神症状が単体で出現しているのか、あるいは神経発達症(発達障害)があることにより二次的に出現しているのか、というのは、治療方針を組み立てる上で大きなチェックポイントとなります。
二次症状というのは、文字通り1次症状と常に連動していることを指していますので、神経発達症(発達障害)という1次的基盤が今後も根強く存在することとなれば、それに伴い精神症状も出現しやすくまた悪化しやすくなることが示唆されるからです。また、二次症状も伴っている場合、神経発達症(発達障害)に対する自身の理解を深めたり、また自分から働きかけて周囲の環境調整行う妨げにもなり、二重苦になる可能性が高くなります。

精神症状の多くは原因ではなく結果であり、何らかの多大な負担が心身にかかっていることを知らせる「アラート」の役割を示しています。このアラートをできる限り早く解除するべく、薬物療法による治療が選択されることが多いです。カウンセリングを希望されて受診される方もいらっしゃいますが、少なくともカウンセリング単体では「アラート」が出るまでに要した期間以上の治療期間が必要であり、薬物療法によってこの治療期間を圧縮し、アラートをできる限り早く解除することがゆくゆく本人にメリットになることが多いでしょう。この精神症状が二次的な出現であればなおさらです。

架空の具体例で考えてみる

大人の神経発達症(発達障害)を本人が疑って受診される架空事例をご紹介しましょう。

Bさん:28歳男性

独り暮らしで寿司屋チェーン店のアルバイトをしています。
カウンターに立ち、客の注文でその場で寿司を握る板前です。

さぁ、11時の開店です。早速、常連客が1人入ってきました。この常連客はいつも「おまかせ握り」を頼むことが多いですが、今回も手を挙げて「おまかせ握り」を頼みました。いつも通りの展開ですし、開店して間もないので他の客も少ないです。Bさんは爽やかな笑顔と威勢のいい掛け声で注文に応じ、おまかせ握りを客に出しました。おいしそうに常連客はそれを頬張っていきます。

12時に近づき、そろそろランチタイムの繁忙時間帯です。
客が続々と入ってきます。家族での来店も目立ってきました。「チラシを見て来た」という新規の客もたくさん混じっているようです。すぐにカウンターもテーブルも席はいっぱいになりました。
皆ランチ目がけて来店したこともあり、注文も同時多発的になってきました。カウンターに立っているBさんは、カウンター3番の客から「おまかせ握り」を、カウンター7番の客から「ハマチとイカ」を、テーブル1番の家族客からは「おまかせ握り」3つとエビとマグロ赤身を注文されました。さらに、あの常連客が「おあいそー」と声を掛けています。お会計のようです。

このように、一気に4つの業務が入り込みました。Bさんはまず、常連客のお会計に応じます。その後、またカウンターで寿司を握ろうとしますが、カウンター3番のBさんから何を注文したか忘れてしまいました。注文のメモをどこにしまったかも忘れています。探してもメモが見つからないので頭を下げながらもう一度注文を取ります。
次に間違ってカウンター10番の女性にハマチとイカを出してしまいました。これにも平謝りしつつ対応していたところ、待ちくたびれた家族客からは「おまかせ握り、まだ?」と催促を受けます。もう、てんやわんやです。

慌てているうちに、まな板の上に出しっぱなしにしていたハマチのネタの入ったタッパーを床に落としてしまいました。上司の板前からは「ネタは一回一回ちゃんとタッパー閉めないと、鮮度が下がっちゃうだろ!」と注意を受けます。これにも「すみません」と対応します。
対応しているうちに、家族客の注文内容が思い出せなくなってしまいました。おまかせ握りは2つだったけな…と思い出して急いで出したところ、「おまかせが1つ足りないよ、あとはエビとマグロも頼んだんだけど、もういいよ」と怒って帰られてしまいました。

Bさんはここ1-2年ずっとこの調子で、どうがんばっても全く努力が実らず、本人も参ってしまっており、ついには上司の板前から「お前は裏方キッチンを担当しろ」と言われ、カウンターから退くことになりました。

裏方キッチンではサイドメニューの調理となり、時間が多少かかってもよくなりました。寿司ほど頻繁に注文も入って来なくなり、何よりお客から注文を取る作業がなくなりましたので、Bさんは少し楽になったと感じましたが、それでも食材タッパーの閉め忘れや、冷蔵庫の開け放し、頻度が減ったにも関わらず注文も忘れてしまったりと同様の傾向が続きました。
それよりもBさんにとって苦痛だったのは、サイドメニューの茶碗蒸しや唐揚げの作り方や盛り付け方を覚えようと思ってもどうしても頭に入らなかったことです。

Bさんはもともと客の前で寿司を握ることを生きがいにしていましたのでそれができなくなった悔しさと、裏方キッチンにまわって仕事量は減ったのに、ミスは減らず、上司からは相変わらず怒られる毎日で心が折れそうです。時折仕事を放り出して、この悪循環な現実からいなくなりたいと考えることも出てきています。

Bさんは、小さい頃から転んだり怪我が絶えなかったのと、前を見ておらず電柱にぶつかったりして「数え切れないほど」骨折をして病院に頻繁にかかっていました。確かにTシャツから見える左腕がやや曲がっています。また現在も趣味がバイクなのですが、「この間、壁に激突してしまって修理に出しています」と、苦笑していました。右のおでこには擦り傷がまだ痛々しく残っていました。
小学校時代の成績表の生活欄を見てみると「明るく元気に過ごせました」とあり、「考えてから行動に移すことがもう少しできたらいいです」というコメントが書かれていました。毎年似たような傾向が見て取れるコメントや生活評価です。
母子手帳には、「落ち着きがなくて座れない」とか、「友だちとケンカして呼び出しがあった」などと書かれています。

心理検査をその後実施して、特性の「内なるギャップ」が職場での困難をより強くさせていることが推定できました。また、把握した特性に沿って、例えば食材タッパーにはテプラで「開けたら閉める!」と貼ったり、サイドメニューの作り方を写真付きレシピにしてビジュアルでわかるようにしたり、来た注文を受ける場所を1箇所にまとめたりといった工夫がアイディアとして出てきました。

主治医の先生からは、うつや活動量の低下といった精神症状は認めるものの、まずは上に挙げたような工夫をこらして仕事がしやすくなるかを検討してみることを勧められ、それで仕事がしやすくなれば自然と気分も改善するかもしれない、と言われました。

Bさんは、早速翌日に上司に相談。上司ももともと心配してくれていた熱い人情の持ち主であったこともあり、快く「環境調整」に協力してくれました。…というのも、実はBさん以外にもう1-2人は似たようなアルバイトを抱えており、上司自身も困っていたからです。

…いかがでしたでしょうか?
次回が最終回となります。

>「知彼知己、百戦不殆」まずは自分を知ること:次へ続く

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。