【NEW】医師国家試験 精神科過去問解説しました!→【国試過去問】

精神科医のしごと vol.2/3

はじめに

前回は、精神科、心療内科、神経内科、神経科といった診療科の違いを説明しました。今回は、メンタルクリニックで精神科医が具体的にどのように診察を行っているのか、解説していきたいと思います。前回と同様に、精神科医がどのような仕事をしているのか理解することで、メンタルヘルスに対する敷居が少しでも低くなればと願っています。

精神科医って、カウンセリングをしているの?

よくある誤解です。私たちはカウンセリングではなく診療行為をしています。診療行為は、内科医や外科医といった医師全般で行われています。

まず解説をしなければいけないのは、「カウンセリング」という用語が世の中に氾濫していることです。「カウンセリング」というのは、広く「相手の話を聴く」ということを指すものから、「熟練したある種の技法を取得して、それを臨床応用する」ような狭義のものもここに含まれている場合があります。また、狭義の技法についても、立場によって心理士は「心理療法」と呼んだり、精神科医は「精神療法」と呼んだりするのですが、その違いを明確に定義しているコンセンサスの得られた概念は今のところありません。これが氾濫している理由です。
ただし、我々専門家からすると、カウンセリングというのは、広く相手の話に耳を傾けることという意味で用いる事が多く、そういう意味では医師はどの診療科に携わるかに関わらず、基本的なスキルとなるわけです。ただし、我々医師はこのスキルをカウンセリングとは呼ばず「傾聴」と呼んでいます。

さて、精神科医は傾聴だけを行っているのでしょうか?「2-3分話を聞いただけで何がわかるんだ」という患者さんの声を耳にしたこともあります。そうお感じになるのもごもっともだと思います。今回はそういった皆さんの誤解を解くためのコラムです。

我々精神科医の仕事は大きく3つのステップがあります。

  1. STEP1 現在の状態(=)を把握し、
  2. STEP2 このをタテ方向とヨコ方向に広げてをつくり、
  3. STEP3 タテヨコ2本のをつくる。

ことです。
STEP2のタテ方向のは、深さ、すなわち重症度を意味し、ヨコ方向のは、時系列推移、すなわち症状経過を意味しています。
STEP3ではこれらを統合して、すなわち診断名を同定します。
ちょうど、横糸と縦糸で織物をつくるのと同じです。

架空の具体例を挙げましょう。

28歳男性 Aさん

ソフトウェアエンジニア。入社4年目。
当初から精力的に開発に勤しんでいましたが、新規プロジェクトを並行して任され、そもそも繁忙期に加え、新しいプロジェクトのためトラブルが重なりました。

過去3ヶ月間ほどで徐々に睡眠がとりにくくなり、不安になりやすくなり、さらにまた仕事のパフォーマンスが下がり、という悪循環に至っていきます。
Aさんは「心が折れそうだな」とは感じるけれども、「もう少しで繁忙期は終わるから、がんばってみよう」とか、「少し週末は休息を増やしてみよう」とか、ある程度自分で何とか工夫を凝らそうとします。そのうちに無表情になり、納期に間に合わなくなって明らかにいつもと違う異変を感知した上司から声をかけられますが、「大丈夫です」とAさんはその場をしのぎました。

しかし、翌日欠勤。その翌日には出社するも遅刻し、社内でも全く反応がありません。このような状態が1週間ほど続いたため、上司の強い勧めでメンタルクリニックを受診しました。

クリニックに来院したときは、無精髭を生やし、目にくまができており、ジャージ姿でボサボサの髪型です。「どのようなきっかけで今回受診されましたか?」と聴きますが、ぼーっと一点をみつめているだけで「心ここにあらず」です。「Aさん?」と聞き返すとようやく我に返り、「あっ、すみません」と細々とした声でこれまでの経緯を話し始めます。

STEP1 の同定:状態像の把握

精神科医はAさんが受診を決意するまでの経緯を「傾聴」しつつ、必要な情報を「聴取」していきます。同時に診察室内でのAさんの仕草や表情、言動のまとまりなどの全体像を診ながら、STEP1 まずが「うつ状態」であることを同定します。(「うつ」のおはなしを参照)
専門的にはSTEP1の作業を、「状態像」の把握といいます。
そしてこの状態像を基にして、STEP2 タテとヨコの2つの方向をつくっていきます。

STEP2-1 タテ方向のの診察:重症度の判定

うつ状態というがどの程度根を下ろしているのか、深さを知るのがタテ糸にあたります。すなわち、重症度の判定を行います。
ここに必要となる情報は、Aさんの生活の支障度になります。

普段できていたことが、今どの程度できなくなっているのか。例えば、「無精髭を生やし、ジャージ姿でボサボサの髪型」ですので、出かける前の「セルフケア」ができていないのは明らかです。
本人に聞くと「前は時間がかかっていたけど準備ができていたが、今はそれすらも億劫になった。実はシャワーも毎日だったのが3日に1回になっている」と述べています。

また、気分の落ち込みは普段の健全な時と比べてどの程度の落差があるのか、なども聴取してみる必要があります。これに関しては、自己評価は往々にして過小評価になりやすいというバイアスをはらんでいるのが典型的で、重症度が増すほどバイアスが顕著になっていくことが知られています。
極端な例では、無表情で、こちらから問いかけても非常に緩慢な反応なのに、「いつもの自分です、大丈夫です」と取り繕っているような場合です。このような場合は、同伴した家族がいれば少し他覚的な情報を聴取できますし、単独でいらした場合は、取り繕いそのものが症状の進行を指していることが多く、目の前にいる本人の現況を優先して判断します。

このバイアスを極力最小化するために、具体的な生活のエピソードがとても役に立ちます。例えば、「布団と背中が貼り付いているような感じで起きられないので、はいつくばって寝室から出てくる」は、単に「最近落ち込みがひどい」というフレーズより格段に情報収集力のある表現方法となります。言い換えると、「最近落ち込みがひどい」は、あまりにも主観的な表現で自己評価になってしまっており、どの程度「最近」かもわからず、またその「ひどさ」も伝わらず、あまり診察の参考になりません。ですので、診察の際は、医療従事者側が配慮し、適宜情報収集力のある質問に変換したり軌道修正して、患者さんの生活がどのように困難になっているのかを具体的に語ってもらうようにリードすることを行っています。
ここが、カウンセリングと違い、こちらから質問を工夫して診察に必要な情報を聴取することとの決定的な違いになります。このような情報の聴取の仕方は問診と呼ばれます。問診は「診」が入るだけに診察であり、診療行為のひとつです。診断学の領域では、どのように問診を行えば、診断に有用な情報を引き出せるか、といった様々な研究も行われています。

カウンセリングはある程度受動的に患者さんを傾聴することを指しますが、問診は診察に必要な情報を患者さんから聴取するという意味で能動的な行為であると言えます。
Aさんの診察を想定していただけるとわかると思います。カウンセリングというのは、例えばAさんの仕事の忙しさやトラブル続きのプロジェクトに耳を傾けることを指しています。しかし、これだけではの把握やをつくる作業には貢献しません。そもそも、受動的に耳を傾けるだけでは、こちらが必要としている情報は十分に聴取されないからです。

このようにして、がどの程度その患者さんの生活に深く根を下ろしているのかを、目の前の患者さんの仕草や表情、応答の速度、言動のまとまりなどの全体像を診ながら、タテ糸を作り上げて行きます。

以上、タテ方向のに関してご説明いたしました。

>ヨコ方向ので時系列を追う:次回に続く

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