【NEW】医師国家試験 精神科過去問解説しました!→【国試過去問】

「自我障害」のおはなし vol.2/3

はじめに

前回は、自我障害を自分と他者との境界線で図説し、いかに大変な事態の中で生活を強いられるか、ということを強調して説明しました。今回は自我障害について、さらに意識と無意識の深層にまで深く掘り下げて解説をしていきます。自我障害を背景にした精神病症状の理解がぐっと深まることでしょう。

自分の中の2層構造

さて、今度は丸の中をもう少し詳しく探く掘り下げることにします。

前回に出てきた自分と他者との境界線の図Aです。この丸の中はさらに2層の構造に分けられます。意識と無意識の2つの層です。

意識というのは、文字通りあなたが自分の意志で処理できるエリア。意識のエリアでは思考が行われています。思考のプロセスは、外からの情報入力や無意識から昇ってきたものが意識のエリアに入って初めて可能となります。
さらに深層に入っていくと無意識のエリアがあります。無意識のエリアはあなたの意志とは独立し、コントロール外にあるエリアです。この無意識のエリアに代表されるのはでしょう。
食欲、睡眠欲、物欲、性欲、名誉承認欲、健康長寿欲、家族繁栄欲…
正式な名称かどうかは別として、考えつく限り挙げるとこれぐらいはあるでしょうか。こうした欲は、あなたの意識することなく日々チャンスがある毎に湧き出ている(=正確には、無意識から意識に昇って湧いてくる)ことに気がつくと思います。
また、無意識のエリアには喜怒哀楽といった感情も格納されています。日々の生活において、こうした感情が湧いて出ては、表情や言動で意識的に表現したり、あるいは不適切な感情であれば抑え込んだりすることを意識のエリアで意思決定して精神活動を営んでいるわけです。

今説明したように、無意識のエリアから発生するものというのは、自分がコントロールできる領域にはないため、自発的に湧いては出ることを繰り返しますが、それが意識に昇ってきたり、さらに自分の外に言動として現れるのは、意識的に行えるとも言えるかもしれません。逆に、自発的に無意識のエリアから出てきたものを、意識に昇らせないように、文字通り「意識」的に我慢することもできます。これを抑制と言います。

具体例を挙げてみましょう。

無意識から意識に昇ると思考が生まれる

図Fのようにカレーのいい匂いがたちこめています。隣のカレー屋さんからです。あなたはお腹が空いていることもあって、カレーの匂いが「刺激」となり、この刺激がダイレクトにあなたの無意識のエリアに働きかけています[1]
あなたの無意識のエリアでは、「食欲」が反応してひょこっと意識のエリアに昇ってきました[2]。このタイミングであなたの食欲は意識されるようになり、「カレー食べたいな」と考えるようになります。このように、無意識から意識へ、あるいは外からの刺激が意識のエリアへ入ることによって、思考のプロセスが始まります。
さて、思考の過程に組み込むため、あなたは意識的に現在の状況を五感を通じてインプットし、この食欲を果たして実行に移すかどうか判断します。
視覚を通じて意識に入れた情報には「昼の12時」であること、聴覚を通じて意識に入れた情報には「授業を終わります」と教壇で先生が言っているのが聞こえること、そしてあなたがお腹に手を当てると、触覚を通じてゴロゴロと鳴っていることがわかりました[3]。これらの入力情報を基に、あなたは食欲を満たすために、今アウトプットすることが可能と判断し、隣のカレー屋さんに行って大好きなバターチキンカレーを食べるということを実行に移します[4]

意識から無意識へのブレーキが抑制

図Gの場合はどうでしょうか?[1][2]のステップまでは図Fと同じです。あなたは無意識から意識に昇ってきた食欲を感受して、「カレー食べたいな」と考えています。しかし、五感を通じて、今はまだ授業中であり朝の10時であり、そもそも隣のカレー屋さんも仕込みに入っているだけでまだ開店していない時間であるということを知ります[3]
様々な意識下での思考プロセスを踏み、あなたは食欲を満たすために今実行するのは不適切であると判断し、食欲が昇ってこないように意識的に我慢(抑制)します[4]

このように、意識が無意識をコントロールしたり、外界と意識のフィルター、そして意識と無意識のフィルターがあることによって、適切なタイミングや場所で欲を出し入れし、自分の言動として表現することを可能にしています。

健全な誤作動を起こすこともある

これらの出し入れが、健全な範囲で誤作動を起こすことがたまにあります。
例えば、あなたが小学生だった頃、学校の友達を呼ぼうとしたのに、「お母さん」と言ってしまって恥ずかしい思いをしたことはありませんか?あるいは、図F・Gのようにお腹が空いているとき、好物のドーナツのことが頭から離れなくなっている時に、書類仕事をしていて何気なく「ドーナツ」と本当に書いてしまったり、彼女とデートしているときに、つい昔の元カノの名前を読んでトラブルになってしまったり、そういった無意識の間違えを起こした経験がある方もいらっしゃると思います。
これは普段あなたが日頃から考えている内容や、抑え込んでいる欲求が、ふとした時に外からの刺激とリンクすることで誤作動し、ポンと飛び出てくるものと説明されます。ちょっとした拍子にこの誤作動が起こるときは、大抵、何かに気を取られていたり、疲れが溜まって無防備になっていたり、意識的に気を払うことに集中できない時に、誰でも起こりえます。
医療従事者に当てはめると、当直明けの疲れ切った時に限ってなぜか「ハイ」になり、必要でないものまで買い物をしてしまったり、ついつい自分の好きなスイーツを食べすぎてしまったりした経験がある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

もうひとつ、別の方法で誤作動が起きる事例をご紹介しましょう。
それは、アルコールです。飲み会で、アルコールを飲むと人が変わったようになる方を見たことは少なくないと思います。これは、図Gのカレーの食欲を我慢するように、普段は意識のエリアから無意識のエリアに抑え込んでいるものに対して「タガを外す」役割をしているからと説明されます。抑え込んでいる力が強ければ強いほど、それが外れた時のリバウンドはバネのように大きいものです。そういう意味で、アルコールはいろんなものを溶かします。その「溶かし」が適切であれば、緊張感や対人関係を融和させてくれたりと、いい方向に働きますが、場合によっては自分の抑え込んでいた無意識のエリアのものが不適切に飛び出すようになってしまうと、セクハラを働いたり、暴力や暴言となったりすることもあります。

次は、精神症状における誤作動の仕方を見てみましょう。

自我障害により誤作動は症状へ

図Hでは、外界と意識のフィルターが破れてしまっています。
この状況だと、前回の記事で説明した自我障害と似ているところがありますね。上の図Hでは、外からの刺激が無差別に意識の中に入ってしまうので、「自分事」として捉えられるようになるのは前回の説明と変わりませんから、勘ぐりや詮索がエスカレートして、意識の層で行われる思考が歪んできます。例えば、先程例に上げたカレーの匂いにしても「カレーの匂いに混ぜて毒ガスを送っている」といった内容の妄想が形成されていく可能性は十分にあります。
しかし、意識と無意識のフィルターはまだ頑丈ですので、妄想を抱えながら授業は受けることができたりと、言動を慎んだりと我慢して抑え込むことはまだ可能であると推察されます。

それでは、次の場合はどうでしょうか?

図Iのような状況となると、意識と無意識のフィルターも取り払われてしまっていますので、感情、欲といったものが無差別に飛び出すようになってしまいます。カレーの匂いに応答して妄想体験が作られるだけでなく、例えば授業中なのにカレー屋に行って無銭飲食してしまったり、そもそもカレー屋さんに行く途中で他の刺激に左右されて違う場所に行こうとしてしまい、どこに行ったかわからなくなる、といった全くランダムな言動を取ってしまう可能性が考えられます。これが「滅裂」です。滅裂は本人にとっても第3者にとっても全く言動に予測がつきませんので、本人の生命や外界(対物)・他者に危険が及ぶ可能性もゼロではないわけで、緊急事態と言えます。例えば、滅裂状態の女性が服を脱ぎ、裸で車道を飛び出そうとしている、といった事例においては、極端ではあるにしても、その後の本人の尊厳を著しく低下させることに繋がりかねません。こういった状況から本人ないしは外界・他者を保護する目的で、非自発的な入院が必要となることは、精神病症状の記事でも解説したとおりです。

>妄想にはそれぞれにテーマがある:次に続く

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