不安と異なり、うつはその程度を自覚しにくい側面があり、また我慢強く責任感のある方ほど早期に自分で判断して受診することがなかなか難しい症状でもあります。
適切なタイミングでクリニックに受診ができるように、このサイトが皆さんの一助になればと願っています。
漢字で「うつ」を書けますか?
いきなりですが、「鬱」が正解です。このフォントのサイズだともはや細かくて見えませんね。私は、恥ずかしながらスラスラ書けません。
それもそのはず、普段から精神科医として「うつ」という用語を漢字表記することはなく、ひらがなで書いて仕事をしているのが通例だからです。
ちなみに、この「鬱」は常用漢字の中で最多の29画だそうです。
「漢字検定2級」の漢字でもあり「高校卒業・大学・一般程度」だそうですが、結構難しい気もします。
さて、いきなり漢字の話をさせていただいたのは、うつを理解するのにとても助けになるからです。
「鬱」の漢字の由来は、生い茂っている、こもっていることにより、ふさがり充満している状態を意味しています。例を挙げると、「鬱蒼(うっそう)と茂る」「鬱憤(うっぷん)を晴らす」などです。
医学用語には「鬱滞(うったい)」と言って血液等の循環がよどんだり、停滞している状態を指すものがあります。
これらに共通するのは、「鬱」が付いている時点では何らかの「渋滞」を起こしていることと、もともとはスムーズな流れだったものであり、特に問題となることはなかったという点です。
鬱蒼(うっそう)になる前は、肥沃な大地と天の恵みで緑が青々と滞りなく成長していたでしょうし、鬱憤(うっぷん)も普段は通り過ぎていき、蓄積するようなこともなかったスムーズな感情が、何らかの理由で「渋滞」を起こしてきたからこそこう呼ばれるわけです。
「鬱憤(うっぷん)を晴らす」というのは、この「渋滞」を解消させることにほかなりません。
漢方医学:「気」のお話
ここまでの説明で、「気滞(きたい)」という用語にピンと来る方もいらっしゃると思います。これは漢方医学で用いられる用語です。
気というのは、エネルギーのことで漫画やアニメで有名なドラゴンボールをご存知の方は想像しやすいと思います。例えるならば、生命維持や社会活動に必要不可欠なガソリンのようなものです。
何らかの原因で、気の流れが悪くなった状態を漢方医学の世界では気滞と呼んでいます。原因は必ずしもひとつとは限りません。
気滞の状態は非常に不快な状態をつくりますので、些細なことでイライラや気分の落ち込み、不安や不眠を経験するようになります。
また、胃痛、咳や息苦しさ、しびれ感などを伴うこともあり、この「渋滞」がさらに進むと、「気逆(きぎゃく)」という状態になります。
気逆は、普段上から下に流れていた気が大渋滞となって逆流し、上に向かって放出されるようになります。
「上」というのは、すなわち身体の上にある頭部を指します。例えば頭痛や吐気、めまいなどもそうですし、しゃっくりやげっぷなどもこれにあたります。
全て身体の下から上に向かっていたり、身体の上で生じているので、昔の人々は気が逆流しているのだと考えたのでしょう。
気滞と気虚
「気虚(ききょ)」という用語も漢方医学ではとても重要です。気が枯渇してガソリンが不足している状態です。皆さんがイメージする「うつ」もこの気虚の方かもしれません。
大事なポイントとして、精神医学で用いられているうつという症状には、この漢方医学の考え方に通じるところがあり、気滞と気虚をどちらも含んでいるということです。
気滞によるエネルギーロスにより、滞りのためのエネルギーが消費され、気虚が合併してくるような方もいらっしゃれば、気滞から気虚に推移したような方もいらっしゃいます。
また、単体で気虚が出現する方もいらっしゃいます。
実は、今書かせていただいたこの順番(気滞だけ→気滞と気虚→気虚だけ)に自覚的な症状の把握がしにくくなってくるほか、この順番で本人だけでなく周囲の人々も心配するようになることもポイントです。
最終的にはケースバイケースにはなってしまいますが、一般的にはこの順番で治療もしやすいことが多いです。
私は漢方医学の専門ではありませんが、このような漢方医学の「気」の考え方は、現代のうつを理解するのに大変に参考になります。
うつの程度について
うつの症状が、どの程度の深さまで根を下ろしているかを判断する、ひとつの重要なものさしとして「エネルギーレベル」があります。このエネルギーレベルを大きく3つに分けて説明をしていきます。
また、クリニックに初めていらっしゃった方から「うつの薬の導入について知りたい」という要望が多いので、この点も絡めて解説します。
- エネルギーレベル【高】
→イライラや不安が目立ってくる。 - エネルギーレベル【中】
→仕事や日常生活に影響が出てくる。 - エネルギーレベル【低】
→症状の程度を自覚できなくなってくる。
1.エネルギーレベル【高】
症状の出現から間もない段階であれば、エネルギーが満たっている方が多く、それだけに先程述べたような気の渋滞による症状(些細なことでイライラや気分の落ち込み、不安、眠りが浅い、胃痛、咳や息苦しさ、しびれ感など)が目立っているものです。
一方で、エネルギーという資源はまだ本人に残されていますので、その渋滞を解消させるような治療をすることで、本人の活動は通常運転に戻ります。
この渋滞解消のためには必ずしも薬は必要としません。
しかし、例えば眠りが浅かったり、不安が少しいつもより高ぶっているような生理的な反応が出現している場合、それに対するお薬を補助的に用いてアシストする(=対症療法といいます)ことによって治療期間の圧縮につながり、お薬なしでそのまま本人の自助力だけで治療を進めていくよりも、当然ですが早く回復します。
もちろんお薬は一時的な導入となります。
自分に合ったお薬が見つかることにより、今後長い人生において「将来スランプに陥っても、自分にはこれがある」という、強力な解決法のひとつを確保できますので、より一層、安心して生活を送れるようになると思います。
強調しておきますが、「解決法の【ひとつ】ですので、薬が万能で全てでは決してありません。
あくまでも生活の主役は本人ご自身です。
また、お薬以外の作戦として、適度な運動や健康的な食事、社交的な生活などはストレスや痛みの緩和につながり、自尊心が向上し、睡眠の質を向上させることが知られています。
エネルギーがまだ残っている【高】の段階であれば、こうした作戦も積極的に導入してもいいでしょう。
公的機関等で設置されているメンタルヘルス相談窓口のように、専門的に理解してもらえる相談員と苦境を共有して孤立を解消するのも有効な手段であります。
エネルギーレベル【高】=
最適な受診のタイミング
エネルギーレベル【高】の段階でクリニックに受診することのメリットは、その時点の状態を客観的専門的に知ることができる、ということと、やはりその後の苦しい期間を短縮でき、悪化の予防にもつながるということに尽きます。
また、意外な点としては、本人もまだ「耳を傾けて理解し、記憶にとどめておく」という力が残っていますので、話の理解が進み、それが安心感につながります。さらに、前述のように治療も全体的によく効きますので、メリットは大きいでしょう。
冒頭で述べた、「適切なタイミング」というのは、まさにこのエネルギーレベル【高】の状態のことを指しています。
医療従事者側が主語になっていますが、こうした適切なタイミングでの介入の取り組みを「早期発見・早期介入」と呼び、これを二次予防と呼びます。
二次予防の重要性については別記事でも解説しています。
事実、この段階で来院された多くの患者さんから「うつかなと思って怖くなり、勇気を出して来たけど、受診しただけでこころが軽くなりました」といったコメントをいただくことも多く、これが何よりの証拠かと思います。
加えて、カウンセリングや心理療法による治療も効果的であり、心理士(臨床心理士、公認心理師)という専門職がセッションに携わる所も多くあります。