不安はうつを悪化させ、改善を阻む
これまで説明してきたとおり、不安はある意味、疾患というハードウェアよりも、ハードウェアの中で駆動するソフトウェアのようなイメージで考えると想像しやすいでしょう。
たとえば「うつ病に顕著な不安を伴っている」とか、「強迫症の背景に存在する不安」などと表現をすると、不安が単独で独り歩きしているのではなく、疾患に付帯して連動する症状であることがイメージしやすいと思います。
これで、前々回に「バッテリーを食うアプリ」と表現した理由がおわかりいただけると思います。
「不安とうつはどちらが優位(表舞台)に感じますか?」
と患者さんに問うと、しばし迷われても必ずどちらかの答えが返ってきます。
にわとりと卵のように見える不安とうつのペアですが、不安がバッテリーを消費していてエネルギーダウンによってうつ状態になっているのか、あるいはうつ状態が先で、なかなかエネルギーが立ち上がって来ないことによる先行きの不安が高まっているのか、これは第3者でないとなかなか判断しにくいこともあります。
いずれにしても不安は、コントロールがつかなくなると、ずっと回路がまわりっぱなしの状態になり、本人の知らぬうちにエネルギーを消費するようになってしまいます。
前回挙げたような生活に必要なエネルギーだけでなく、それと同等あるいはそれ以上のエネルギーをしかも常時ONの状態で消費しているとなると、いくら充電を強化してもなかなかエネルギーが満たって来ないことは想像に難くないと思います。不安症状を合併したうつ病の治療が難渋することが多いのはこのためです。
治療の原則は変わらない
不安とうつが併存している時の治療原則をここで説明しましょう。
- 消費を減らす
- 充電を強化する
この2点のみです。
他の記事もご覧になってくださっている読者の方はお気づきと思いますが、これは「うつ」のおはなしの記事で挙げた、「攻撃を減らし、守りを固める」作戦と同じです。うつ病の治療の原則は、不安があろうが無かろうが変わらない、というわけです。
一方で、これまで述べてきたように不安が消費を激しくしている大きな要因ですので、充電を強化する以上に消費を減らすことも強化する必要があります。
なお、身体が本格的なセーブモードに入らなければいけないほどエネルギーレベルが低くなっているときは、お薬による治療は必須です。なぜかというと、身体が生物学的なセーブモードの反応に入っている時点で、あなた自身のバッテリーは、パソコンで言う「今すぐコンセントにつないでください」という警告が表示される状態であり、例えばGPSをオフにしたり、バッテリーを食っているアプリや画面の明るさなどの調整をしてみたところで、それがエネルギー消費の節約にはなっても、本格的な充電にまでは結びつかないからです。
また、生理的な充電である睡眠もこの時点で相応に取れなくなっていることが多く、やはり外側からなんらかのバッテリーを供給することが必須の状態となっています。
何事もそうですが、充電したり生産することは、消費することよりもむしろ労力がいるのです。
具体的な治療の目標は、前回にも出てきたように、下図のように日常生活のできることを
自分→他者→社会
の順に上げていくことです。
これは生活の強度と言い換えてよいでしょう。
より自分から社会に適応範囲が拡大するにつれて生活の強度は上がり、それに伴って必要なエネルギーレベルや、エネルギー消費は上がるので、この方向を目指していくことになります。
- 自分
- 生命維持:心拍、呼吸、意識(覚醒)など
- 最低限の生活:日々の食事、睡眠、排泄など
- セルフケア:入浴、着替え、整容など
- 日常生活(他者を必要としないもの):読書、TV鑑賞、散歩、買い物など
- 他者
- 日常生活:家族との交流など
- 社会
- 社会生活:仕事、趣味、友人との交流など
不安の治療が鍵
不安とうつを伴っている場合、不安の治療がうまくいってくるとうつの治療も円滑に進むようになることが多いです。
なぜならば、バッテリーを食う不安をコントロール下に置いて常時稼働しないようにすることで、要らぬエネルギーの浪費を防げるからです。
また、エネルギーが節約できるようになると、エネルギーの充電がより効率的になりますので、充電が治療の柱であるうつの治療効果にも相乗効果をもたらすからです。
これまでの説明を削ぎ落とすのであれば、「不安をコントロールできる状態にする」ことを当面の治療目標に置くことで、不安とうつの治療の両方にアプローチできると言えます。
不安もうつも目に見えないだけに、文字通り不安がつきものだと思います。
治療には主治医の先生や家族等の周囲のサポートが欠かせません。
前々回の記事に書いたように、孤立した環境は、こうした症状を停滞させる大きな要因となります。
独り歩きでサイロ化した自己治療になっていたり、袋小路に入ってしまってから受診される方もいらっしゃいますが、社会的な損失を鑑みると、今後は早期発見早期介入がより一層強調される世の中になるでしょう。
そのために、こうしたメンタルヘルス医療提供者側からの情報発信が、治療支援を得る第一歩の一助となることを願っています。