【NEW】医師国家試験 精神科過去問解説しました!→【国試過去問】

「精神病症状」のおはなし vol.3/3

はじめに

前回までに、精神病症状の3要素のうち、「幻覚」と「妄想」について解説しました。「妄想」は徐々にできあがっていくというお話もしました。今回は、できあがった後の妄想に対して、人はどのような対処行動に出るのか、また3要素の最後である「言動の解体」についても詳しく解説していきます。

妄想への対処行動は、他者に向くか、自分に向くか

さて、ここからは非常に不穏な内容のお話になっていきますので、読者の皆さんにとっては不快な印象を与える内容も含まれるかも知れません。どうぞご容赦ください。

妄想を症状として抱えていくと、抱えている時間に比例して得体のしれず不快な体験を強いられているため、その体験にどっぷり使っている世界の方が優位になっていきます。患者さんの言葉を借りると、「(具合が悪かったときは)二重の世界があった」「現実の世界と並行してもうひとつの世界があって、具体が悪くなると引っ張られてしまう」とおっしゃる方が多くいらっしゃいます。スターウォーズをご存知の患者さんからは「ダークサイドに引き込まれてしまいました」とおっしゃったりもします。

患者さん自身も当然この不快な体験に対して何とかしなければと考えるようになります。そこで、本人は様々な対策を講じるため対処行動をとるようになります。この対処行動の方法は非常に多岐にわたり十人十色なのですが、大きく分けると「他者に向かう」方向か、「自分に向かう」方向かで大別できます。

ある人は、「スパイ」から自分の身を守るために窓やドアに目張りをしてカーテンを締め切り、カギを何重にもして自室に閉じこもってしまうかもしれません。
一方、同じ妄想内容を抱えていても、ある人は自分からアクションを起こそうとして、部屋の壁に穴をあけて盗聴器を探したり偵察を試みるかもしれません。

さらに非常に切迫した状況になっていくと、一触即発の心理状況ですので、「自分から攻撃を仕掛けないとやられてしまう」と考えるに至り、妄想対象となった他者に暴力をはたらく可能性もありますし、錯乱状態になってベランダから飛び降りて自分の命を殺めようとせざるを得ないと考える方も出てきます。
これらの対処行動は、「何かしないといけない」と切羽詰まっているという意味では同じなのですが、他者を傷つけようとするか、自分を傷つけようとするかに分けられます。
いずれも緊急度の高い状況には変わりなく、このような段階では、本人単独での日常生活は成立しておらず、家族が心配して保健所に相談に行かれたり、場合によっては警察官通報に至るケースが多くを占めます。

本人にとっては、切迫した極限状態の中で、こうした妄想の内容に左右されているだけでなく、「夜もおちおち寝ていられない」と睡眠は取れなくなり、「いつ迫害されるかわからない」と食事もおろそかになり、外出もできなくなって生活の質や社会性が著しく障害されるわけです。精神病症状は、孤高の戦場と言っても過言ではありません。しかも本人はなすすべがなく裸で戦場に立たされているわけですから、想像を絶するほどの極限状態を強いられます。

妄想という症状単体だけでこれだけの負担を強いられるのですから、妄想以外に幻覚や他の症状も伴っていたとしたらどれだけ大変な毎日を過ごさざるを得なくなるか、というのは想像に難くないと思います。

こうした方にとって、早く医療機関に結びつき、早期にお薬による治療を開始することで、精神病症状の治療ができるだけでなく、悪化防止をすることで脳自体のダメージを保護できることが最近はわかってきています。これはやけどと似ています。やけどは、軽度のものであれば皮膚はきれいに元通りになりますが、放置しておくとケロイドと呼ばれる「跡」がずっと残ってしまいます。跡についてはもう元に戻すことは難しいので、対策としてはこれ以上やけどの範囲を広げないように普段から予防することが大事になります。

一方で、精神病症状に対する治療は、やけどほど簡単な話にはならないことが多く、本人に「症状」という認識は全くと言っていいほどありませんので、本人の同意を得て治療を行うことがいかに難しいかはおわかりになれると思います。そういう意味では、やけどはやけどでも、本人が怪我を負っていることに気づきにくい低温やけどに似ているかもしれません。

念慮の段階ならまだしも、症状が進行し妄想となって固着してしまうと、いざ治療の必要性がひっ迫した時になって本人は「薬漬けにされる」「脳をどうにかされてしまう」といった極めて歪曲した解釈で、一層治療から遠のいてしまうことも多くあります。本人にとっては、これまで信じてやまなかったものに対して、見ず知らずの医者から「症状」と言われ、治療しようとまで言われているのですから、当然そのような考え方にはなってしまうのもごもっともではあります。

こうした患者さんの考え方や意向を尊重しながら治療するということもそうですが、妄想が固定化した期間が長くなればなるほど薬物療法が奏功しにくくなるという医学的な事実もさらに事態を難しくさせています。

前述のように、場合によっては、上記の「家族や警察官が介入する」ほど緊急性が増すこともあります。こうした場合、そのまま放置すると、本人の生命(=自分に向かう)や、本人をとりまく社会環境(=他者に向かう)に著しく甚大な影響を及ぼしてしまうため、本人を医療的に保護しなくてはなりません。これが、いわゆる強制的な入院(=正式には非自発的入院と言います)と呼ばれている所以で、本人の同意が得られない場合の入院治療となります。精神科医の中でも、「精神保健指定医」というプラスアルファの資格を持った精神科医がこの入院の適応を判断します。
強制的な入院は、本人にとってそれだけ症状の負担が大きいことを示しているばかりか、周囲への影響も甚大になっていることがほとんどで、保健所や警察官介入といった、社会的な第三者に介入されていることが何よりの証拠です。一方で、入院までのプロセスは、本人にとって非常にストレスを強いられる経験ですし、当たり前ですが避けられるのであれば避けた方がいい事態ですので、そうなる前に、できる限り早く医療機関での治療に結びつくのが誰にとっても良いということは自明ですが、なかなかそううまくもいきません。

「言動の解体」=まとまらない、理解しがたい言動

精神病症状の3要素の最後、「言動の解体」というのをご説明しましょう。
「解体」というのはまとまりを失うことを指しています。何のまとまりを指しているかというと、「考え」のまとまりです。考えのまとまりを失っていることを特に思考障害あるいは考えの流れにフォーカスを当てて思路障害とも呼んでいます。いずれも同一のことを指していると考えていただいて構いません。
「考え=思考」というのは、流れと整合性をもった「脈絡」と単なる音が組み合わることによって意味をもつ言語となる「意味性」という2つから成っています。
脈絡と意味性があって初めて考えることができるようになります。これらのどちらかでも失われていくと、考えが飛んでしまったり、停滞してしまったり、あるいは単なる音だけのつながりになってしまうわけです。そして、考えを出力する手段である言動(=言葉や行動)もまとまらない形で表出される、という流れです。

例を挙げましょう。
まとまりを失った言動、というのは、「今日はどうされましたか?」という質問に「たまご、たまご、こちらは会議中です。機能しているのは、ハコモノになりすまして」というような全く理解できない言葉を発しながら診察机の上の書類をちぎっているような状況を指しています。それぞれの言葉や行動の内容やそれらの連携具合も全く統率がとれていません。

別の例では、同じく「今日はどうされましたか?」という質問に「『どうされた?』って、昨日のテレビでニュースをやってた。ニュースは新聞。新聞の内容が怖かった。重大事故。事故になりそう」というまぁまぁ関連しているけれども、やはり質問には答えておらず、理解しがたいものです。

これらは、どれだけ考えのまとまりを失っているかで解体の具合を推しはかることができます。前者よりも後者のほうが、まだ思考のまとまりはありそうだ、というのがお気づきになるでしょうか。

後者の「まぁまぁ関連している」場合は、こちらの話をオウム返しにしてきたり、連想ゲームのようにキーワードだけつなげていたりと、考え自体の流れは停滞しつつあるもののまだギリギリ流れを感じるような印象があると思います。ところが、前者の場合、脈絡も意味性も失われて何がなんだかちんぷんかんぷんです。

このように、まとまりの失い方には、段階的な程度があります。
比較的軽度であれば、解体というほどバラバラにはなっておらず、まとまらなくなってきているもののつながりはゆるく保たれている、という状態です。これを「連合弛緩」と呼んでいます。連合弛緩が進行していくと、ついにつながりもなくなり、完全にバラバラに解体され、「滅裂」と呼ばれるようになります。「支離滅裂」という四字熟語を聞いたことがあると思いますが、まさに同じ意味です。滅裂な状態では、「今日はどうされましたか?」という質問に答える、という形式すら保つことができずに全くランダムに話し続けていたり、黙っていたり、椅子から立ち上がったりウロウロしたり、立ち止まったり、言動の予測が全く不可能な状態になります。

精神病症状を含む精神疾患は3要素のバランスで決まる

さて、ここまでで精神病症状について3要素を全て説明してきました。ここからは精神病症状を含む精神疾患についての解説です。
精神病症状を含む精神疾患の代表例である「統合失調症」は何度かこのコラムにも出てきました統合失調症は、幻覚、妄想、解体した言動の3要素を全て含む疾患です。もちろん、妄想が徐々にできあがっていくのと同じで、3要素がある日突然全ていきなり完成されるわけではありません。厳密には、うつ病のような症状から始まり、幻聴が出現してそれと共に妄想が徐々に形成され、その後段々と言動が解体していく、という順番を踏むのが典型的な経過です。

一方で、より少ない頻度にはなりますが、妄想だけを抱えている妄想性障害という疾患も存在します。妄想性障害の患者さんは、理論上は言動の解体はみられませんので、生活に支障をきたす可能性は妄想内容があまりにも現実からかけ離れてきた時のみです。統合失調症のように幻聴に苛まれることはなく、また進行しても言動の解体を認めないため、表面上は通常の社会活動をしています。

また、幻覚だけを抱える精神疾患もあります。薬物中毒などがこれにあたります。

このように、精神病症状を含む精神疾患は非常に多岐に渡り、疾患によって幻覚、妄想、解体した言動の3要素のバランスは様々です。もちろん、例えば認知症は記憶が障害されたり、躁うつ病では気分の落差も認めたりと、精神病症状だけではなく、他の精神症状も伴いますから、精神病症状だけが精神疾患の全てではありません。逆に、精神病症状だけを含む精神疾患のグループを「精神病性障害」と呼んでおり、統合失調症、妄想性障害、急性一過性精神病性障害などの精神疾患が含まれています。

それから、忘れてはならないのは、甲状腺疾患、副腎の疾患、肝臓や腎臓病、梅毒やライム病などの感染症、抗NMDA受容体脳炎や多発性硬化症といった炎症疾患や脱髄疾患、ウィルソン病やポルフィリン病といった代謝性疾患、頭部外傷など様々な身体の疾患でも精神病症状は生じ得ますので、精神病症状に加えて身体症状を伴っている場合などは内科との連携がとても重要になります。

以上、精神病症状について詳しく説明していました。精神病症状は、精神科専門の診療が必要であり、我々メンタルヘルスの従事者からすると、この症状を深く理解することが診療する上で特に重要となります。これまで述べてきたように、早期の受診にはなかなかつながりにくい症状なので、実は精神病症状を抱えた患者さんがクリニックという1次医療機関に訪れることは少なく、多くのケースは症状がある程度明るみになってきてから、2次医療機関である精神科病院に受診されます。クリニック受診につながるのは、こうした精神科病院での治療がある程度奏功して、患者さんが自分で症状を予防管理できるようになり、病院から紹介を受けてという流れが最も典型的と言えますが、クリニックで通院していても、これまでの治療経験が本人にとって苦痛であると、「強制的に治療させられた」という気持ちが強く残り、その先も薬に対して拒絶的となり、予防内服も続かず、精神病症状がまた再燃し、という悪循環たどる方も残念ながら少なくないのが現状です。この背景にはこれまで説明したような、「症状の自覚のしにくさ」というのが大きな要因です。医学的に未解明な部分も多く、またこうした患者さんの人権や社会性に関わる臨床的な課題も多く残されていますので、精神病症状は今後も精神医学において最も関心が向けられるテーマとなりつづけることでしょう。

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